COLUMN / ESSAY

「SFシャシーがDallara になった訳」 ―レース界事情

レース界ではそういう風評であることは耳にしていたが、最近になって、身内にもそれを信じている人がいると聞いて、改めて、レース界って、何ともナイーブな人たちの集まりだなと心休まる思いだ。しかし、心休まると言いつつ腹も立つので、実情を説明しておいてやろう。

スーパー・フォーミュラの現行車両への切り替え時期での話だが、あの特定の代理店が輸入する外国車が鉄則であり、それ以外は選べないことになっているのにかかわらず、JRPが、それでも国産に色気を使い始めたのは、あの代理店の会長が逝去したために今までのような馴れ合いでの取引が難しくなってきたうえに、JRP自身に予算がなくなっていたから背に腹は代えられなくなっただけの話だ。
つまり、着手金(開発費)を払ってオーダーし納品に引き換えて残額を払うという、まともな取引が出来なくなっていたので、仕方なく開発費を立替えてでも飛び付きそうなJMIAにすりよってきた訳だが、JRPは「採用を検討してやる」という上から目線の雰囲気を醸し出しつつ、支払い条件的に関しては甘えた内容を提示して来ていたから、私自身としては何を今更の話だし、「日本の自動車レース産業の発展振興」というような大義名分でもあるのならまだしも、予算が無いから立替えてでもやりそうなJMIAでも仕方がないか、なんてご都合主義的な話には乗れないと無視してやろうと思っていたら、大半を占めるJMIAの穏健派が受け入れるべきと言いだした。
理由としては、「ここは厳しい条件でも、一度、投入してしまえば、今後、国産化が続く可能性があるんだから赤字でもやるべし」との太っ腹なご意見だが、開発するのは童夢だし赤字を抱え込む役目も童夢だけだ。
まあ、JMIAは多数決をベースとした民主的な運営を心掛けているから、ここはまあ、私の意見は引っ込めて、ついでに、JRP様のご機嫌を損なわないように私自身もプロジェクトから外れ、最も人当たりが良いと自認している由良拓也が交渉を担当することになった。
土台、外国のコンストラクターに発注できるだけの原資もないのだから本来は交渉もあったものではないが、なんだかんだと交渉が続いていた頃、私のJMIAのホームページでの発言が気に入らないという理由で、JRPが交渉を中止し、追いかけるように「Dallara」の採用が発表された。 その私の発言とは、2012年6月12日のJMIAのホームページに掲載した「JMIA KIT RACER展示ブースの展開」というコラム(http://www.jmia.jp/news/ns120612.html)の中の「マレーシアで汗まみれになりながら日本製レーシングカーの海外進出を図る自分と、何かと外国製のフォーミュラの輸入を画策するJRPの連中の落差が、より虚しさを増幅してくれます」という一文の「連中」という文言という事だが、これで簡単にシャシーが変わる訳もなく、そんなに私の一言に力がある訳もないのだから、普通、その裏を考えないか?
調べるまでもなく解かったことは、GP2の新型車を受注していたDallaraが先行的に開発を進めていたところ、突然、GP2の発注がキャンセルになってしまった為、好条件で行き場のなくなったGP2マシンを売り込んできたから、渡りに船のJRPとしては、ほぼ決定と言うところまで来ていたJMIAへの発注を回避するために「連中と言った」から止めると言い出した訳だ。

交渉を担当していた由良拓也は「せっかく纏まりかけていたのに林さんの一言で終わってしまった」とおかんむりでJMIAの理事も辞めてしまったが、まあいいけど、私の「連中」という一言で一瞬にしてスーパー・フォーミュラのシャシーが変更されるなんて単純な仕掛けで世の中が動いていると思っているのなら、それはちょっとお子ちゃま過ぎると言っておこう。

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