COLUMN / ESSAY

「脳が壊れました」 ―闘病記―

実は、かの長嶋監督と同じ日に同じ病気である脳梗塞を罹患しました。損傷が大きかったので脳が腫れて開頭手術が避けられないと言われつつもギリギリ避けられましたし、担当医も奇跡と驚くくらい後遺症も無く、現在は腫れた脳みそが収まるのを待つだけの退屈な毎日を過ごしています。
ラッキーな事に、これだけ出歩いている私が、たまたま自宅で家族と食事している時に発症したために、いち早く病院に担ぎ込まれたので助かりましたが、長嶋監督は何だかんだと2時間くらいかかった間に進行してしまったようです。

頭はぼやーっとしていますし、点滴も刺さったままなので動けず、あまりに退屈なので、BMWの645とクラウンとSONYのPSXとSONYのT1を買いましたが、車はまだ乗れないし、PSXはGコード予約できないし、T1も病室では撮るものもありません。
しかし、実は私はその退屈な病室の中で、日々、異常なる体験を重ねていたのです。私は自他共に認める大のオカルト嫌いで宗教も大嫌いですから、科学的に説明できること以外は全く信じないタイプなのに、それが、念写くらいならあり得るかもと思い始めたくらいの超常現象ではありました。
ベッドで寝ながら眼を閉じると、私の寝ているベッドの周辺だけにドーム状の部屋というか天蓋というか、ある一定の空間が構成されます。そして、その内面にたちまち超極彩色のデザインが施されていくのです。ある時は、何十万人というギリシァの兵隊が整然と行進を続けている風景が現れるのですが、それが、天井に刻まれた大渓谷に沿って行進しています。つまり逆さに天井に張り付いている訳です。そこに直角に交わる渓谷に沿って行進してきたペルシアの兵隊と交戦状態になり、何故か、倒れた兵士だけがパラパラと落ちてきますから、おちおち寝ていられません。
ただ、その映像が気に入らなければ一度眼を開ければ簡単にリセットされ、逆に、いくらイメージをそちらに持っていっても二度と同じものは見られませんでした。
スペース・ドクターシップみたいなものに乗せられていた時は、インパネの一つ一つのロゴまで読めるので、何語かわからないけれど控えておこうと思って、ペンを探すのに思わず眼を開けたら二度と表れなかったという失敗もしました。
しかし、病気の経過が改善されるとともに、これらの造形やグラフィックは単純化していき、今や、絵本並みの根性の無い駄作ばかりになってしまっています。最近は、ブルーの水中で漂う私の周りを金魚くらいの無数のピンクのクジラが潮を吹きながら泳いでいるというようなファンタジックな光景が良くでてきます。
最初の頃のグラフィックは、本当に人智を超えたスーパーアートであると思えるほどの出来栄えだったので、付き添っていてくれた家内に刻々と変化するその様子を実況中継していたものですが、聞いていた家内は、てっきり私がおかしくなっているのだと思って担当医に相談したらしく、駆けつけた担当医が持ってきた医学書には、ちゃんと「中脳性幻覚」という正式な医学名をもった幻覚症状であり、脳梗塞により腫れた脳が脳幹等を圧迫し、視床のセロトニン系、コリン系の神経細胞、神経路に影響を及ぼすものということでしたが、残念ながら、もう見えません。

病院に担ぎ込まれてからそろそろ10日になりますが、ある意味、完全主義的な私としては、自分の頭の中にあんな大きな空洞が存在すること自体が許されないという気持ちはありますが、何らかの後遺症がでた可能性が極めて高いということですから、現状は、文句を言う状況でもありませんし、なによりも、自分自身の運のよさに感謝するしかないという思いで一杯です。
今後は、脳の腫れが完全に収まるまで点滴による投薬を続けることと、再発防止対策を講じることで退院となるでしょうが、あと3週間くらいかなという感じです。
そんな訳で、皆様にもいろいろご迷惑をおかけしているかも知れませんが、しばらく休養させていただきますのでよろしくお願いします。

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