COLUMN / ESSAY

「何のための究極のNSX?」 ―レース話―

● NSX GTレースカーの苦悩

1997年度、第2戦よりデビューしたNSX-GTは、フルシーズン投入となった98年から02年までの5年間に開催された36戦で、ポールポジション22回、優勝20回という圧倒的な戦闘力を発揮しGT選手権を席巻した。上位のマシンにはハンディキャップが課せられるGT選手権においては究極的な戦歴だったし、いわば一人勝ちに近い状態であった。
これは、GTレースに適したNSXの素性の良さと、童夢の開発技術力のもたらした成果だったが、マシンの素性と開発技術力の両者とも追従不可能な領域であることを悟ったライバルメーカー達が採ったNSX攻略法は、「速いNSXを遅くするレギュレーション変更」と「速いドライバー集め」であった。
97年のデビューイヤーに、既に2回のポールポジションを獲得して速さの片鱗を伺わせていたNSXに敏感に反応したライバルメーカー達は、さっそく98年から「NSX包囲網」をスタート、レギュレーションの見直しが始まった。しかし、それでも速いNSXに対し毎年のようにレギュレーション変更が繰り返され、いわば「NSXいじめ」が恒例化していった。
しかしながら、この事実は圧倒的な好成績の影で問題視されることはなく、唯一人、私は「レースはレギュレーション制定段階から始まっている」とHONDAの担当者に訴え続けたが、なぜか、HONDA陣営内でもこの件はほとんど問題視されることはなく、「NSXいじめ」に対しては、「徹底した技術開発でリカバリーする」という姿勢が貫かれていた。
しかし、これは大きな考え違いである。もともと、リストリクターやウェイトハンデで性能調整して無理矢理バトルを演出することを主旨としたレースだから、あくまでも調整機能であって戦いの道具にしてはならない。数千円の鉛のおもりを積まされて、数千万円を投じてリカバーするような性格のものではないからだ。
また、次々と有力ドライバーが引き抜かれているのに、あまりに無抵抗なHONDAの無関心さに、私は、「1秒速いドライバーを引き抜かれたら、相手は1秒速くなり、こちらは1秒遅くなり、トータル2秒の差が付く」と、再三、防御策を講じるようにお願いしたが、基本的には、これも、「去るものは追わず」的な対応で終始した。
このように、毎年、NSXをターゲットとしたレギュレーション変更が繰り返されたが、一向に、その速さに陰りを見せないNSXに業を煮やしたライバルメーカーは、03年レギュレーション決定の際、従来のミッドシップ・ハンディーに加えて、フラットボトムの導入、前代未聞の前面投影面積ハンディの追加など、とんでもなく露骨なNSX撃墜レギュレーションを作り上げた。その上、FR車はトランスアクスルOKという特典付きである。
これらの合わせ技で、ウェイトだけでもライバル車に対し90kgものハンディを負わされたNSXは、さすがに、「徹底した技術開発でリカバリーする」領域を遥かに超えた手かせ足かせに、ついに「NSX暗黒の時代」が到来するが、事ここに至ってもHONDAは頑なに「徹底した技術開発でリカバリーする」姿勢を貫いているものの、開発するのは童夢だから、いわば丸投げの大見得のようなものだが、私は「開発に注力するよりレギュレーションを公正化しろ」と正論を吐きながら、とんでもないモンスター作りを楽しんでいたし、業績の向上にも頬が緩んでいた事は事実だ。

● 究極のGTレースカーを実現する

我々も2003年から聞いていたターボエンジン投入への期待が大きかったから、HONDAの研究所や童夢の関係者は、「速すぎると重りを積まれるからコントロール出来るようにしよう」、つまり三味線を弾けるようにしようと真剣に相談していたくらいだし、エンジンで速くなるから車体の開発は不要と、ほぼ2003年モデルそのままだったが、2004年のNSXは、鳴り物入りで登場したターボエンジンが、それまでのNAよりも数十馬力低く、全く使い物にならない代物だったから散々な成績に終わっていた。
童夢を始めとするNSXチームは、こぞってNAへの回帰を懇願していたが、研究所にも事情もあれば意地もあるから、一転、2005年に向けては車体の性能向上で起死回生を図れという方針になった。
童夢は、開発が1年お休みとなっていたが、今度は反動のように40馬力を補う性能の車体を作れという話になり、金に糸目は付けないという雰囲気が溢れていた。
久しぶりの本格的な開発作業が始まった。開発のキーポイントは、大雑把に言えば、空力性能の更なる向上、軽量化、低重心化の推進、高剛性、安全性の確保など、当たり前の正常進化といえるものだが、既に、やることをやりつくした感のあるNSX GTにおいては、また、違うステージの開発作業が要求される。
空力性能は前後オーバーハング、全幅の拡張を行った新ボディーワークの利点を最大限に生かし効率の向上を目指した。ダウンフォースの増加と相反するドラッグの低減が開発のキーポイントであるが、これにより、以前より童夢が主張している全面投影面積と空力性能、ラップタイムの因果関係、つまり、でかいクルマは本当に不利なのかが、間もなく明らかになるであろう。
ここで、開発の詳細を説明することは守秘義務に違反するから避けるが、予算を与えられても開発期間が無かったから次元の違う新技術を開発する時間的余裕はなく、細部に亘っての正常進化を推し進めるしか無かった。
それを受託して恩恵をこうむっている我々が言うことではないが、このように、小手先の性能調整のあおりを受けて、やれターボエンジンの開発とか車体の性能向上とか、一体、どれほどの予算が湯水のように投入されていっているのか解っていてるのだろうか?そうして速くなれば、また何千円かの鉛の重りを積まれて、また何億もかけてリカバーしなくてはならなくなる訳で、狂っているとしか言いようがない。

● Team Honda Racingの誕生

26日発表されたように、今年はTeam Honda Racingとして2台、そのほかに、チーム国光と中嶋レーシングの各1台の計4台のNSXがSGTCに挑戦する。そのTeam Honda Racingの2台が、童夢のエンジニアリング/メンテナンスによるワークスチームと言うわけだ。
このTeam Honda Racingの2台は、それぞれ支援を頂いたスポンサーが異なるため、#18道上/小暮組がお馴染みのタカタカラーとなるのに対して、#8伊藤/コシェ組はオートバックスカラーとなるが、内容的にはまったくのイコールコンディションでの戦いとなるから、その差といえばドライバーだけと言うことになる。開発と戦いをうまくシェアーしながら、相乗効果を目指したい。

● SGTCの未来

SGTCの基本理念でもある性能調整のシステムが誤動作しているのに、その基本的な過ちを正そうとせずに放置しているGT-Aもおかしいし、また、それにむきになって挑むHONDAもおかしい。05年NSX-GTの中身はとんでもないスーパーマシンだが、その、「脱いだら凄いんです」的な凄さはファンの誰にも解らないだろうし、また、このすさまじい開発に費やされる予算やエネルギーも知らないだろう。昨年の後半、複数の専門誌のジャーナリストに「他のチームのNSXも速くなってきましたね」と言われたが、彼らの誰一人として#18以外のNSXが2サイズアップのリストリクターで走っていることを知らなかった。約40馬力差という大きなハンディを専門家も知らないで結果だけを見ている。JGTCとはそんなレースだ。いつまで自動車メーカーが金を出し続けるのか知らないが、日本で盛況な唯一の自動車レースなんだから、自動車メーカーの負担を下げて長続きする方策にも頭を使ってもらいたいものだ。

林 みのる

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