童夢へ
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で︑EVAの連中とともに︑送られてきた木箱を開けるたびにその珠玉のように精緻で美しいパーツの出来栄えに嘆息を漏らしたものだ︒ 基本レイアウトはそのまま使えたが︑超くさび型ボディを架装するにはフレームは大幅に改造しなければならない︒いつもながらのことでほとほと嫌になるが時間が差し迫ってきて徹夜の連続だ︒ 田中慶治が買ってくれることになってはいたが︑その辺り︑現在とは事情が異なり︑原価に利益を乗せて販売するという話では無く︑私が半分持つから半分出さないかと言うレベルの話にしかならなかったから︑256くさびくさびのデビューレースとなった田中慶治が出場した1970年4月の富士ジュニアセブン・チャレンジカップ・レース。亡霊のようになって作業を続ける我々を見かねて、最後の仕上げは田中の知り合いのレーシングガレージで行われたため、フロントフェンダーなどがオリジナルデザインと異なる。

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