﹁由良拓也﹂ 駒沢あたりの街中に借りたEVAの工場は狭く︑ひしめき合うように2台のレーシングカーを作っていたが︑69年2月22日からの第2回東京レーシングカー・ショーに間に合わせるために正月も返上して仕事を続けていたから︑閉め切っておかないと寒くって仕事にならない︒ そんな︑外には雪が降っているような木枯らしの頃︑誰かが毎日のように扉の節穴から覗いており目玉だけがき■ろき■ろしている︒てっきり︑近所からの苦情かなと思って警戒していたが︑どうやらそうでもなさそうだ︒ ある日︑買い物に出かけて帰ってきたら︑いつもの位置から中を覗き込んでいる少年の姿が目に入った︒アバルトのマフラーを付けたりいろいろ改造したスーパーカブに乗っているまだあどけない感じの少年だった︒毎日︑覗くのはいいが︑外は小雪混じりの寒い冬の日だ︒私が﹁見たければ中に入りなよ﹂と声をかけると少年は嬉々として入ってきて︑それから毎日ストーブの横での見学が始まった︒232
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