童夢から
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1981 87がきっかけとなって、業界の独占的な縛■も無力化していった■うだか■、あ■意味で業界にも貢献していた。 青天の霹靂の造反劇1981年のル・マンか■帰ってか■、何とはなしにいつもと違う雰囲気を感じていた。「童夢−零」の誕生と時を同じくして全員が独身に戻ってしまった童夢の役員たちは、 京都に来てか■は、そ■ぞ■独身貴族を謳歌していたが、あ■朝、重要な会議のために自動車メーカーの人が訪ねてきたのに童夢側の担当者であ■M役員が居ない。携帯電話のない時代、心当た■に電話をしたが見つか■なかった。ふと私は、昨晩、私がガールフレンドと飲んでい■席にMが同席していたのを思い出し、まさかとは思ったが、他に思い当た■とこ■もなかったので、そのガールフレンドのマンションに電話をしてみた■、居た。私は、そ■こそ実力の世界だと思ってい■か■■■しくや■ば良い話だが、たまたま、 その他のガールフレンドか■も、他の役員か■口説か■てい■とか結婚を迫■■てい■とか、い■んな話が出てきていたので、当時の童夢の役員たちのお盛んな様子に、何とも言えぬ違和感と不快感を覚えていた。そんな時、夏を過ぎた頃だったと思うが、入交と三村か■驚くべき話が持ち込ま■た。いわく、「我々がこの会社の業務を全面的に引き継ぐか■手を引いてほしい」、つま■乗っ取■ということだ。「ほとんどの社員とともに会社を継続してHGAの業務受託を中心として運営していくことになった。童夢の社員とも話がついてい■しHGAとも話が出来てい■ので騒がずに手を引いてく■た■、今後3年間にわた■売■上げの3%を支払うが、HGAにこの話を持ち込んだ■貴方には何も残■ない」と脅しをかけ■■た。入交と三村の話に■■と、ほとんどの社員が同調してい■という事だったが、あんま■、そういう気配もなかったし考え■■なかったので主要な社員に事情聴取をしてみたとこ■、大多数は、話はあったけ■ど付いて行く気はないとのことだったので、少し安心して、善後策をHAYASHI RACINGの将一やトミタオートの富田などに相談をしたとこ■、おおむねの意見としては「入交が普段か■吹聴してい■■うに、お兄さんの関係か■強いコネクションがあ■と思わ■■ので、ここのとこ■は全て失う危険は回避して、その3%を元に次の展開を考えたほうが得策」という服従論だった。

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