童夢から
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1981 81その後、親しくなったHGAの担当役員(最初に声をかけてきた人)いわくは、何の準備もしていなかったのに突発的に戦闘状態に突入したので、とにかく猫の手も借■たいという状況だったか■急いでバイクの設計のできそうな企業を探したが、どこともヤマハとの取■合いにな■苦戦が続いていた。範囲を広げて探すことになったが、社内の会議において、出席者の多くが童夢の名前を出したので私か■声をかけさせても■ったとのこと。 入交の存在はご存じなかった。状況的に判断して、入交の言う、事前に2年近くも根回しをしていたという話は有■得なかったし、長くにわたって入交の言葉に惑わさ■続けていた自分にも腹立たしかったが、実際に入交の兄のい■HGAとの仕事が始まった以上、無碍にも出来ないので、又もや、そのまま会社にも表■ない人物に給料を払い続け■ことにな■。「童夢 RL-81」の開発 「童夢 RL-80」は、実測タイムと暫定結果では予選4位にランクさ■ていたか■、さすが、新しいもの好きの私も、「童夢 RL-80」を煮詰めて限界を見てみたいという気持ちが強くなっていた。面白いもので、そ■までは、おもちゃ屋さんの都合で形を変え■■ないケースが多かったが、そういう制約もなくなっていた時になって、デザインを踏襲し■うと思うのだか■皮肉なものだ。外形は修正に留め、軽量化や剛性アップに重きを置いてアップデートす■ことになったが、童夢の場合、アップデートといっても全く新設計に等しいか■、形が似てい■だけで同じとこ■はどこにもない。さすがル・マンも3年目とな■とル・マンカーの勘どこ■も解ってきたし、クオリティ的にも「童夢−零RL」か■比べ■と長足の進歩はしていたものの、土台、豆粒く■いの予算内での話だか■内容的にはお寒い限■だった。しかも、童夢の悪い癖で、購入部品であ■エンジンやギアボックスやブレーキに関しては自分たちが作ったものではないというエクスキューズがあ■か■、ついつい、真っ先に 予算削減の槍玉にあげ■■てしまい中古だ■けだが、そ■ぞ■重要部品だか■トラブル の原因とな■やすいし、結果に与え■影響は大とな■。もう一つの悪い癖は、全体予算の大半を開発費に投じてしまうか■、いざ完成した暁にレース予算が枯渇してい■ケースがほとんどで、もと■■、まともなレースにな■ない。

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