74チームは開発とは無縁の走■せ屋チームだったし、西海岸の本拠地か■遠く離■たマイアミまで来ていて何の開発設備もなかったか■、ピットでい■い■小手先の改修を加え■が全く改善しない。もし日本でテストしていた■確実にラジエターの位置を変え■改修をしていたと思うと後悔先に立たずだし、その上、本来な■ば、次のリバーサイドをキャンセルして対策すべきなのに、なぜか、そのままリバーサイドのレースに参戦し、時間もないままにル・マンに行ってしまった。思い返しても、なぜ、誰一人としてレースをキャンセルして根本的に改修し■うと言い出さなかったのか? なぜ、こんな愚かしいことをしていたのか? もち■ん、私も当事者の一員だか■責任は免■ないが、正直言って状況が思い出せない。あえて言えば、立ち止ま■ことを知■ない超オプティミストの舘と金古が突っ走っていたか■と責任転嫁しておこう。結果的に、小野の冒険的な設計は失敗に終わ■、自他ともに認め■駄作となったが、TOM'Sには申しわけなかったけ■ど、駄作な■が■えに、悪い意味で話題の尽きないマシンだった。そのセブリングだが、このコースは古い飛行場にパイロンを立ててコースを作ってあ■、ち■っと、駐車場でのジムカーナの雰囲気だ。最初か■オーバーヒートは収ま■ず、ごまかしなが■の予選となったが、待てど暮■せどマシンが帰ってこない。え■く長い間、帰ってこないものだか■コースを一望でき■コントロールタワーに行ってマシンを探したが、どこにも停っていない。ま■で神隠しの■うな不可解な状況に、一同、首をかしげ■しかなかったが、しば■く経って戻ってきた舘は「いやーっ、参った■。 道に迷うは信号に引っかか■わ」って、どこを走ってたんだ? って話だが、水温計が振■切ってしまったので、あわてて戻■うとショートカットした■道に迷って一般道に出てしまった挙句、入■口を見失って止まっていたとのこと。信号待ちしたレーシングカーも珍しいと思うが、何■■も舘が素晴■しいのは、こんな駄作をつかませた我々を非難す■わけでもなく、夜は一緒に街に繰■出してマイアミを満喫していたし、常にレースを楽しむという姿勢が一貫していて、その、あっけ■かんとした性格に我々はとても救わ■たと感謝してい■。そのまま西海岸に戻■「リバーサイド6時間レース(1980年4月)」に参戦したが、オー
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