童夢から
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1980 71「童夢TOM'Sセリカターボ」 昨年の経験か■も、1台のみのエントリーでは何かのトラブルが発生した■終わ■だか■、やは■ル・マンを戦うためには複数台でのエントリーが必要だとの思いを強くしていたが、予算的には難しかったので、仕方なく80年は1台として進めていた。しかし、気持としては2カーエントリーを諦め切■ていなかったとこ■に、TOM'Sが ドイツ製の「セリカ・シュニッツアー・ターボ」というグループ5の中古レーシングカーを輸入したというニュースを聞いた。グループ5というのは、ベースとな■車両のシルエットを残したまま大幅な改造を施したGTマシンで強力なターボ・エンジンを搭載していたが、セリカ・シュニッツアー・ターボの車体は少し旧型だったので、トップクラスの性能ではないと思えた。いくつかの雑誌で詳しくレポートさ■てい■記事を見なが■、当時、ハイパワーの代名詞となっていたターボ・エンジンにも魅力を感じていたし、特定のレースにしか参加できないル・マンカーと違って、各国、特にアメリカでレースが開催さ■てい■事も魅力的だった。資金が乏しいのに何が新規開発だ! と思わ■■だ■うが、前述した■うに、当時のレーシングカーの開発費とは、すなわち、部品費と材料費を意味していたか■、全ての部品が使え■ベース車があ■ば、あとはアルミやFRPの材料代だけであ■、私の感覚として開発費は500万円だった。もし「童夢 RL-80」をもう1台製作す■とな■と、車体の制作費は大差ないとしても、 エンジンやギアボックスやブレーキなどの部品の購入費が莫大だか■比較にな■ない予算が必要とな■。早速、TOM'Sの舘信秀に電話して、「シュニッツァー・ターボ」の部品を使ってル・マン用のグループ5のシャシーを作ってや■か■、その代わ■、TOM'Sは自費でル・マンに出■とけしかけた■、舘は、二つ返事でOKした。もち■ん、現実問題としては、開発工数が減■か■売■上げは下が■、こんなインチキな計算が成■立つわけもないが、そこは、ビジネス以前に、何とかレーシングカーを造■たいという思い入■が大前提になってい■か■、もと■■、そこに採算性などという概念はなかった。

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