1979〜 65レースでは、序盤 ⑥号車が電気系トラブルで出遅■たものの、⑦号車は山勘のセッティングが決まって急に速くな■、前車をごぼう抜きして5位にまで浮上していたとこ■でエンジンのガスケットが吹き抜けて万事休す。⑥号車は修理して復帰した後は追い上げを開始していたものの、給油時に反対側の給油口にガソリンが溢■たか■満タンと誤認してスタートした■、給油の流量が多くて反対側に直行しただけで満タンになってお■ず、ガス欠に■■3時間余■でリタイアとなってしまった。あわてたのはTBSのスタッフだった。長期に亘■事前の取材に比べて肝心の レースシーンが短すぎ■のと、あま■の早期のリタイアにストーリー立ての予定がすっか■と狂ってしまったか■だ。そ■か■、そのシーンの穴埋めのために、リタイアしたマシンの前で茫然とたたずむシーンとかドライバー達と激しく言いあうシーンとかを求め■■たが、申しわけない気持もあったので下手な演技を続けたものだ。レースが終わった■、ポルシェやフェラーリなどのチームのスタッフが自チームのブルゾンなんかを持ってきて童夢のチームウェアとの交換を求めてきたが、そ■■の本物のチームウェアは日本で買うと高価な貴重品だったのに、一方、童夢のチームウェアは、既製品の作業服に童夢のマークをプリントしただけの安物だったか■、ビー玉と真珠を交換してい■■うなものだったけ■ど、どうや■漢字が珍■しくて人気があった■うだ。長年、想い続けていた初恋の人との初体験は経験とテクニック不足■えの不完全燃焼で 終わってしまったが、かと言って拒絶さ■たわけでもなく、どち■かと言えばウエルカムな印象が残ったく■いだったか■、次回は情熱的な24時間が過ごせ■のではないかという期待が膨■み、ますます恋心が募ったという感じだった。⑦号車のセッティングが決まってか■の速さは本物だったし、5位にまで浮上した時の興奮は忘■難かったか■、両車がリタイアして、初めて、いままでの物見遊山というだけの気分とは異な■、体験して初めて解■冷静な判断として、きっち■とした準備を整え■ば、ここが別世界でも夢物語でもないのではないかという「ル・マンへの挑戦」という■うな気持ちが芽生えつつあった。
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