1979 43宝ヶ池の童夢本社屋 おもちゃのロイヤルティ収入を投じて建設した童夢の本拠地。使うあてもないのに何十年も持ち続けていたく■いで、将一も、いく■頼んでも埒が明かないか■、仕方なく越境して建物を建てていたものの、不法占拠には変わ■はないので、いず■善処しなけ■ばな■ない問題となっていた。そこで私は、そ■までは■くに話もしたことのなかった父と、生ま■て初めてまともに向き合い、この東大阪の土地や心斎橋のビルの処理に関して任せてく■■■うに頼みこんだ。もち■ん、欠片も信用さ■ていなかったか■最初は話も聞いてく■なかったが、売った金をく■という■うな話ではなく、父が放置していた懸案事項を解決す■という話だったし、何■■も、放蕩息子が、最近、何や■テレビに出まくった■新聞に載った■す■わ、友達の息子か■私のサインをも■ってく■と頼ま■■わ、私の父親として取材さ■■わ、父にとっても、ち■っと今までの息子とは違うという認識もあったのか、話を重ね■ごとに状況は好転していった。父の条件としては、東大阪の土地を譲渡す■にしても資産(土地)として残したいので代替の土地が必要。場所としては、当時、父が何かと利用していた(我々兄弟の結婚式もしてい■)友人の京都市長が館長だった京都国際会議場の近くが希望ということだったか■、将一には、その通■を伝え、そこに童夢の社屋を建て■な■父か■タダで土地を借■■■■という話をした。たまたま表通■に理想的な土地が見つかったが、父は、もう少し奥まった別荘的なアトリ
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