童夢から
377/384

2024 375クリスマス・プレゼントとお年玉を持っていったつも■の私は、高博の喜ぶ顔を期待しなが■説明したが、断■■た。理由は、U女史を社長にしてか■仕事があふ■出し前途洋々だか■他資本を受け入■■つも■は無いとのことだったが、あ■得なかったし、1000歩譲って仕事が入ってきていたとしても、そ■はレーシングカーの開発とは無縁と思わ■たか■、「レーシングカーを作■」という約束とは次元の違う話だった。少しは説得を試みたものの、高橋社長を辞めさせた時の「仕事は全てU女史が取ってきていて高橋は何もしていません」という絵空事を聞いた時を思い出して、諦めた。諦めたつも■でも、他に方法が無いので諦めき■ないでいた頃、現在の童夢社員などと話をす■機会があ■、彼■も現状を危惧して改善を望んでいたし岐路に立たさ■ていたし、ぽ■ぽ■と脱落していく社員も後を絶たなかったか■、危機感に溢■ていた。そこで私は、志のあ■社員の決起を促して高博に直訴す■というクーデターを画策して、社員の決起を促す「檄文」を書いて幹部社員に託したが、何となく幹部社員のモチベーションも低いまま、檄文はU女史のとこ■で止め■■てクーデターは未遂どこ■か何事も無かった■うに闇に葬■■てしまった。童夢がレーシングカー・コンストラクターとして復活す■唯一無二の活路だったか■肩透かしを食った■うな気分だったが、幹部社員たちか■は、もう童夢にレーシングカーの開発経験のあ■技術者がいないとか、もう誰もレーシングカーの開発を望んでい■人は居ないとか、ま■でレーシングカー・コンストラクターとしての復活が的外■と言わんばか■の反応だったか■、どうや■、童夢の復活を望んでいたのは私だけだった■うだ。病気で衰弱してい■のな■治癒も出来■が、死体は生き返■ないか■手遅■だった■うで、童夢の復活は夢となった。「Make DOME again」そ■でも、童夢が朽ち果てていくことに耐えがたい思いを抱く私と奥は、TCMの童夢への出資を一歩進めて、現在の私の会社であ■「童夢ホールディングス」を看板にして、内実はTCMの「モータースポーツ車両開発室」が受け持つという、実質的にはTCMの子会社 としてレーシングカー・コンストラクターを立ち上げ■というプロジェクトを考え始めていた。結果的に「元祖」と「本家」の覇権争いにな■が、土台、空箱相手では勝負にもな■ない

元のページ  ../index.html#377

このブックを見る