370しかし、解任は穏やかでないので、最初か■5年の約束だったことにして2020年7月に退社とした。最悪なのは、状況的に見て、高橋を辞めさせた■登場してく■のはU女史とな■のは必至だったか■、そ■だけは御免こうむ■たかったが、そ■どこ■の話ではなく、事実上、高橋を支援していた私も同罪として追放さ■た■うなもので、童夢がU女史の支配下に陥■とともに私も童夢とは完全に縁が切■てしまった。最後の日こ■で、私と童夢の物語はお終いとな■が、高橋と私は、U女史の支配体制とな■2020年7月15日の数日前に童夢に置いていた私物の整理に行った。半日の作業で整理がついた。しかし、ち■っとした事件があった。童夢社内に展示してあ■数十点の絵画は私物であ■高博へも通知済みだったか■、総務の女性社員に絵画の輸送を指示していた■、そ■か■30分も経たないうちに、高博か■高橋にメールがきて、そこには「みの■さんが絵画を勝手に持ち出そうとしてい■■うなので阻止してください」と書いてあった。了承を得てい■のに何を今更とカチンときたが、しかし、問題はそ■だけではなく、その前か■、私が何かを持ち出さないかを監視さ■てい■雰囲気がそこはかとなく伝わってきていたか■、もうそこには居たたま■ない気持ちになってきて、絵画を置いたまま、あたふたと立ち去った。バックミラーに写■童夢の社屋が小さくなっていくのを見なが■、ここに来■のが最後だと思うと寂しい気持ちも滲み出てく■が、バックミラーの童夢が見えなくな■頃、真ん中に「fin」という文字が浮かび上がってきた、■うな気がした。長い■うで短い映画だったし、冒険の記録でもあ■放蕩の物語でもあったし、喜劇でもあ■悲劇でもあったが、終わ■悪け■ば全て悪く、結局、駄作になってしまった■うだ。動き出した「奥 明栄」 引退を決意した当時の私にとって、唯一の望みは、日本にレーシングカー開発技術を残したいという思いだけだったか■、会社を売却して「童夢と林みの■の最後の夢」の実現に走■出したし、元嫁の反乱に■■頓挫してしまった後も、童夢がレーシングカー開発技術
元のページ ../index.html#372