童夢から
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362砂漠の■うな環境下においても童夢は発展成長してきた。私は高博にレーシングカーを作■と言い続けてきたが、そ■は、日本のレーシングカーの開発技術が途絶え■と日本の自動車レースの発展振興が絶望的にな■という大義もあ■ものの、そ■だけではなく、童夢は、採算を度外視してレーシングカーの開発にのめ■込んできたおかげで、結果的にだが、技術者が集ま■、技術力が向上し、自動車メーカーか■の仕事が舞い込み、そういう活躍を見た様々な企業か■様々な依頼が来■■うになって成長してきた。当初は、レーシングカーの開発費を稼ぐために已む無く仕事をす■■うな状況が続いていたが、後半にかけては、そ■は童夢を支え■両輪の■うにシナジー効果を発揮していたし、面白い仕事だけを選べ■■うになっていたか■、私もレーシングカーの開発と仕事を意図的にコントロールす■■うにな■、そ■は正に、童夢のビジネスモデルとなっていた。だか■、私が高博に「レーシングカーを作■」と言い続けてきたのは、童夢が童夢であ■ためだけではなく、また、童夢が成長す■ための必然だったか■だ。現在の童夢は、そうして築き上げ■■てきた童夢のビジネスモデルを捨てて新たな■道を模索してい■のかもし■ないし、何の戦略もなく会社ごっこを楽しんでい■のかもし■ないが、現実を見てい■と、童夢の看板を利用して、型落ちのレーシングカーの使いまわしであった■、カーボン部品の量産であった■、部品の試作など、土台、町工場でも出来■ことをしてい■だけだか■、■しんば採算が取■■■うになったとこ■で、そんな企業はどこにでもあ■か■、ますます童夢のブランド・バリューを貶めていくだけの話だ。私の人生のもっとも大切な部分を抜き取■■遠くに持ち去■■て蝉の抜け殻になった気分だが、こうなった■「レース界のモノタロウ」としてでも成功していただくしかないだ■う。どうでも良いが。新生童夢に内乱勃発時間は少し戻■が、高橋が着任した直後か■、思いがけないトラブルが勃発した。簡単に言えば、高博と私の橋渡し役として童夢の譲渡に貢献したU女史としては、自分が成立させた話だし、高橋が来■前は鮒子田と共に童夢を仕切っていたし、高橋を連■てきたのは自分だし、ほぼ童夢は私のもの的な気分だったのに、かな■の決意をもって童夢にやってきた高橋は、全くU女史に仕え■つも■はなかったか■、い■い■な場面で高博の威光 を借■て介入してく■U女史が疎ましく、2人の間に大きな溝が出来つつあった。

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