341978第48回ジュネーブ国際自動車ショー「童夢−零」の完成は周辺環境に予想外の効果を発揮し始めていた。全般的に、いわ■■イケイケムードに満ちてきていたので、HAYASHI RACINGの取■組み方も大きく変わ■、今後の展開についてもHAYASHI RACINGのスタッフと協議す■機会が増えた。予算的にも、少々、余裕を持て■■うな雰囲気も生ま■つつあったか■、今後の展開の 布石として、「童夢−零」のメディア用の写真撮影やジュネーブ国際自動車ショーの記録映像の製作などの予算を追加した■、開発に従事した現場のスタッフやその家族まで連■て行こうという話にな■、総勢、20名ほどのツアーがジュネーブに向かうことになった。広大な会場にあ■かじめ図面を送っておいた「童夢」のブースが完成していたが、中央の壁面に日本で作って持っていった「童夢」のロゴマークを貼■つけ■うとした■、係員が飛んできて「勝手に貼■な!」と怒鳴■■た。■く聞くと、会場内のブース設営の全ての作業はユニオンの会員企業しか出来ないことになってい■ので、いちいち頼みに来いということ■しい。両面テープをはがして、こち■の指定した場所に貼■つけ■だけの作業で1万円ほどを徴収さ■て頭に来たが、そ■か■帰■まで、ち■っと■がんだカーペットを直したと怒■■、パンフレットを入■■トレーを無断で持ち込んだと叱■■、トータルでかな■の金額を巻きあげ■■た。しかし、ショーが開幕した途端、「童夢−零」はたちまちショーのハイライトとな■観客と取材が殺到したので、いちいちユニオンと喧嘩してい■暇もなく、全員がその対応に追わ■ていたが、英語を話せ■スタッフが限■■ていたので、英語を話せ■一部のスタッフは超多忙なが■、その他は会場をぶ■ぶ■してい■しかないという何ともアンバランスな状況となっていた。かく言う私も英語は得意でないか■、話がややこしくな■と誰かに投げ■しかないので、疲■■と、場内のNISSANのブースで知■合った通訳の■うな仕事をしていた日本人女性を誘ってコーヒーを飲みに行った■していた。彼女の別■たご主人は英国人で英国在住だが、彼女は娘たちとジュネーブに住んでいたので、そこを行き来してい■娘たちは完璧な英語と日本語とフランス語を話した。彼女の11歳の娘は、大人になった■超美人にな■のは確実というほど天使の■うに可愛
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