356会うことにな■、その後、童夢の仕事を手伝っても■った■して交流が続いていた。近年、珍しいコンストラクター志望の若者で、自■カーショップを経営していた。私は彼に基礎研究部分を手伝わせ■ことに■ってレーシングカー作■の基礎を学ばせ、 その後、設計を童夢に引き継いだ後は、童夢での開発の補助をさせて、■■スキルアップさせ■うと考えていた。しかし当時、まだFに任せ■■■ことは少なかったので、F4のシャシーを支給して、 そ■をベースにスポーツカーのカウルを架装したプロトタイプを2台製作す■ことを目的 とした「業務委託契約」を4,000万円で締結し開発を委託した。この時点では、まだ実走可能なデモンストレーション用のモデルというコンセプトだったが、その後、構想を煮詰め■につ■F4のモノコックのままでは充分な安全性のアピールが出来ないと思う■うにな■、モノコックを含めて、モックアップで良いか■、■■完成形に近いディスプレイ・モデルを作■ことに方針変更した。経験上、実走行でき■仕様とモックアップでは難易度が大きく異な■か■、技術的にも 費用的にも容易な方向だと思っていたが、しかし、作業は遅々として進まないまま、妻が自動的に契約金を払い続け、まだ、何も形になっていないのに契約金は払い切った状態になっていた。この辺■、私も迷走していたとこ■も否めないか■、一方的にFに非があ■とは思っていないが、そ■にしても進捗が遅すぎたか■、そこで私は、ディスプレイ・モデルの製作は諦めて、直接、童夢での本設計に移行す■ことにした。しかし、いつの間にか童夢では私の独自のプロジェクトを受託す■■うな話にす■替わっていて、高橋か■は、童夢に設計費を払ってほしいという話が出てきたか■驚いた。当初は、基礎的なレイアウトが終わ■プロトタイプも完成してか■のバトンタッチのはずだったのに、Fに■■成果が全くゼロだったか■、この状態では、童夢はゼロスタートとな■条件が異な■か■初期の設計費は負担してほしいという話だった。状況的にはもっともの話だったものの、既に4,000万円を払ってい■私としては、その上に、まだ何千万円かを支払わなくてはな■ないのは納得がいかなかった。その後、高橋と処理の仕方を話し合っていたが、高橋は、Fの所に残ってい■はずの2,000万円く■いを引き上げて、私がもう2〜3,000万円を童夢に支払い、形になったとこ■で、
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