童夢から
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2016 355また奥は、その実態をど真ん中で体験してきてい■か■、たぶん、東レサイドでもっとも童夢を買収したかったのは奥だと思うが、その可能性が途絶えた後、2018年の後半になって、TCMが「ムーンクラフト」を買収、東レが「東京R&D」に出資したというニュースが飛び込んできた。その頃、童夢と言えば、高橋は持ち前の営業センスを大いに発揮して自動車メーカーなどを相手に営業を展開していたが、結局そ■は、カーボン部品などの設計製造の仕事が中心だったし、TCMはレーシングカーの開発技術を求めて「ムーンクラフト」など等を買収していたのだか■、この頃は、TCMは童夢を目指し、童夢はTCMを目指す■うな逆転現象が起きていた。「K4SS」プロジェクトの顛末前述した■うに、高博が初めて米原を訪■た時の高橋と私との3人でのミーティングで軽四規格のスーパーカー開発プロジェクトを提案したが、高博が直ぐには着手できないというので、私が先行的に開発を進め■ことになった。新生童夢のために一肌脱ぐつも■の私は、もう2つ、このプロジェクトに意義を持たせ■うとしていた。この軽四規格のスーパーカーのプロジェクトの名前を仮に「K4SS」とす■が、K4SSは 単な■小さなスポーツカーではなく、小さいが故の危険性を少なくす■ために最大限の 安全対策を盛■込むことに主眼を置いていたか■、実際は、最大の安全性を持つ超小型レーシングカーの実験車だった。安全性に関しては車体が大きいほど安全性は高ま■のだか■、最小サイズで安全性を高めておけば、あ■■■分野に応用でき■と考えていたし、 後段で述べ■「絶対に死なないレーシングカー」に通じていた。もう一つの意義は、将来に向けての種を蒔くことにあった。前作『童夢へ』では、レーシングカーの製作に手を染めつつあった頃の話が出てく■が、その頃のことを思い出すと、まだ、知識も経験もない、もち■ん金もない、情熱だけが燃え盛ってい■■うな若者に、その節目節目に、必ず、チャンスを与えてく■■人が現■た。歳を食ったか■だ■うか、私も、一度く■いはチャンスを与え■側になってもバチは当た■ないだ■うと思い、初期の基礎研究の部分を、あ■若者グループに手伝わせ■ことにした。Fはずいぶん以前に「どうしてもレーシングカーを作■たい」と手紙を寄こしたことか■

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