童夢から
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354この際、もともと東レへの譲渡の骨子となっていた童夢への設計業務の委託に関して元の鞘に納めたいと思い、M&Aの時の約束を知ってい■当時の東レの上層部の人と話をして、何とか関係修復の話を取■まとめ、そ■を高橋に説明した上で、高橋に東レ本社まで挨拶に行かせた。当然、童夢とKCMGの関係の終了が前提の話であ■、充分に説明していたつも■だが、とこ■が、次の日に東レか■「高橋さんは、[童夢とKCMGで国内の70%のシェアを取■]と挑戦状を叩きつけに来■■ました」という想像を絶す■報告があ■、びっく■した。すぐに私は高橋に問いただしたが「そんな事をいうわけあ■ません」と言うし、言うはずもないと思ったが、その場には奥も同席していて、 奥も「仰っていました」というか■言ったのだ■う。いとも簡単に破談となってしまった。その後も、しば■くはKCMGとの仕事は細々なが■続いていたが、そのうち、KCMGか■の不満の声が高ま■とともに、あ■日を境に断絶状態に陥■、70%のシェアどこ■か跡には何も残■なかった。童夢の東レへの売却案新生童夢はレーシングカーの開発に着手す■気配がま■でなかったし、KCMG との取引も破綻して、私の用意していた3本柱の2本は折■、残■TRDとのJVも事実上とん挫して いたか■、私は先行きに大いに不安を感じていた頃、東レ・カーボンマジック(TCM)が童夢の買収の可能性を探ってい■という情報を小耳にはさんだ。そこで私は、また上層部の人と話をして、条件が整えば可能性は高いとの見解を得たので、高博が損をしないく■いの条件を調整した後、高博に打診してみた。確か2016年も押し詰まった頃、京都に来ていた高博に、寿司屋で「このままではレーシングカー・コンストラクターとしては成■立ちえない。約束と違うか■東レに売却してほしい」と頼んだとこ■、「売■ために買ったわけではあ■ませんし、必ずレーシングカーは作■ます」と断言したので、私もそ■以上は言えず、この話もここで終わ■、TCMとの関係は途絶えた。東レは、童夢がレーシングカーを作ってきたか■技術者が集ま■技術が向上してきた実態を見てきたか■、その必要性を熟知していたと思うし、だか■、初期においては「童夢」の買収も視野に入■ていた。

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