童夢から
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2015 349『童夢の奇跡』私は当初、この「童夢の終わ■と始ま■」のパーティのお土産に、短編映画の■うなものを制作してDVDを配■うと思っていたが、ち■っと前に、生沢徹ちゃんが古希の記念に『TETSU IKUZAWA AT 70』という電話帳の■うな記念本を作■、また、TOM'Sが創業40年を記念して『TOM'Sの軌跡』という本を作ったか■、この2人が本を作った以上、 私も張■合わなくてはな■ないので本にした。コンセプトとしては、徹ちゃんと舘の本■■も厚くて重くて大きいことだけを目標に『童夢の奇跡』を制作す■ことにした。もち■ん題名は『TOM'Sの軌跡』をパロって『童夢の奇跡』だ。そ■にしても、1978年のジュネーブ国際自動車ショーでの「童夢−零」のデビュー時か■ 映画の撮影隊を連■ていったほど記録にこだわってきた童夢の資料室の資料の豊富さは ハンパではないので、一人でどうな■ものではなかったか■、助っ人を集め■ことにした。まず頭に浮かんだのは、長■くにわたって童夢や私を取材してきた大串信だが、日本のレース事情に詳しいか■歴史を紐解くのに役立つものの、日本のレース界の人だか■、 やや視野が異な■。次に頭に浮かんだのが元ネコ・パブリッシングの藤原■しおだ。レース界の人ではないが文句の付け■うがない完ぺきな自動車ジャーナリストだ。超多忙な2人だが、何とか口説き落として協力を取■付けたものの、完成は2015年の7月 と決まってい■か■、2014年の秋口辺■か■打ち合わせなどを重ねていたが、なかなか足並みが揃わない。締め切■に追わ■て生きてきた出版界の人たちにとって、半年先は来世紀と同じく■い先の感覚の■うで、全く作業が進まないか■、私は社長室に大きな本棚をたくさん設置して主だった資料を運び込み、真ん中に会議室のテーブルを持ち込んで作業スペースを設け、大串、藤原両氏には脅迫めいたメールを送って呼び出していたが、さすが、その資料の量を見てヤバいと思ったのか、後半は、かな■の時間、米原に来て作業す■■うになっていた。そ■でも、もう残■時間は3ヶ月を切っていたか■出頭命令書を送■まく■、 2ヶ月を切った頃(校了までは1ヶ月ち■っと)か■は、本格的にヤバいと思ったので軟禁状態に入■、助っ人も何人か増やして、毎日、作業が終わ■のは米原で最も遅くまで開いてい■焼き鳥屋のラストオーダーという、合宿という■■は強制収容所的に社長室に閉じこもっての作業が続いた。

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