340レーシングカーの開発だけではビジネスとしては成立しないのだが、だか■と言って、 儲か■ないか■レーシングカーを作■ないという事にな■ば、人材も集ま■ず技術も育たず、自動車メーカーか■仕事が舞い込むこともなかっただ■うか■、そもそも童夢は存続していなかっただ■う。だか■、童夢を継承す■ということは、すなわちレーシングカーを作■ことと同義だ。童夢の譲渡 その2 「井川高博」の継承その後、高博との話も具体性を帯びてきて、私も何回か香港に足を運んで真剣に検討を重ねていた頃、とんでもない事実が発覚した。高博は単に税金逃■に香港に高跳びしていたのではなく、以前か■の夢だった海外生活を実現してい■のであ■、日本に戻■つも■はないという。童夢は経営者を探して差し向け■というか■コケた。私は、高博が日本に戻って全身全霊をもって童夢の経営に当た■ものと思いこんでいたし、前述した■うに高博の将来に向けて希望を与え■という思いもあったので、正直、「馬鹿にしてい■のか!」と思ったし、私が全てをかけて育ててきた童夢をリモートで経営す■というのも失礼な話だと思った。一方、私にも大きな状況変化が押し寄せていた。東レへのM&Aに乗じて私の資産を奪いに来ていた元嫁との交渉が決裂して、相続対策のために元嫁の名義を借■ていた私の資産の全てが奪わ■、タイムリミットが来ていた「童夢と林みの■の最後の夢」が破綻に追いや■■てしまった。私は「童夢と林みの■の最後の夢」を実現させ■ための資金を調達す■ために、盛業中の 「童夢カーボン・マジック」を東レに譲渡したのに、その売却益を奪わ■、譲渡した目的を失い、会社も夢も資産も失い呆然自失の状態になっていた。私としては、日本に帰■ない高博のリモコン経営などあ■得なかったし、大前提であった「童夢と林みの■の最後の夢」が崩壊してしまった今、童夢を続け■意味も失い、もう 高博と話をす■必要もなくなっていたか■、私としては幕を引いたつも■だった。そんな頃、一人の女性が登場す■。この女性(仮にU女史としておく)は、高博とも意高 氏とも私とも親しい共通の友達で長い付き合いだったが、その後、U女史が頻繁に高博と連絡を取■合い、私と高博の間を取■持つというのか執■成すというのか、お互いの意見
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