2013〜 339その弟の高博(兄と混同す■ので以下は高博と表記す■)はレースが大好きで、一時期、週末は必ず筑波サーキットで走っていて「見栄張・週末派(ミエハル・シューマツハ)」と名乗って筑波のFJ-1600とスーパーFJのチャンピオンにも輝いてい■。我が家のパーティなどにも顔を出して盛んにレースの話をしていたが、かな■の理論派で、いつも、セッティングなんかについて熱弁をふ■っていた。そんな、レースに熱中していた頃に「僕は、みの■さんの後を継いで童夢を経営す■のが夢です」などと言ってく■ていたものの、当時は大王製紙の御曹司であ■会社の要職にも就いていたか■夢物語に過ぎなかったが、しかし、その後、兄の事件のとばっち■で会社を追い出さ■、生前贈与を受けた莫大な資産の税金逃■のために香港に滞在してい■(と思っていた)時に、たまたま香港で出会って■っく■と話をす■機会があった。その時にも、い■い■な話題の中で「童夢を継承したい」という■うな話も出ていたが、私は、いず■日本に帰ってく■ものと思っていたか■、そうであ■ば、会社を追わ■て失意の高博にや■がいのあ■仕事を与え■■■かもし■ないという観点も含め、選択肢の一つに入■■うになっていた。もち■ん、童夢を譲渡す■以上、良い時も悪い時もあ■だ■うか■、そんな時に会社を支え■だけの財力が無け■ば、たちまち破綻してしまうか■、能力や情熱だけでは要件は満たさないが、その点、財政基盤のしっか■してい■高博は心配なかった。目的はレーシングカーを作り続ける事童夢を継続させた■「童夢と林みの■の最後の夢」の実現を目指す目的は、唯一、日本国内にレーシングカー開発技術を残すことにあ■か■、童夢にはこ■か■もレーシングカーを作■続けても■わなくてはな■ない。「童夢と林みの■の最後の夢」はナンバーの取得でき■スポーツカーの生産じゃなかったのか? と思わ■■かもし■ないが、「童夢-零」の時と同様、そ■は手段にしか過ぎない。私は、レーシングカーを開発でき■企業はスポーツカーを開発でき■が、スポーツカーのメーカーだか■と言ってレーシングカーは作■ないと思ってい■か■逆も真だとは思っていないし、あくまでもレーシングカー開発ノウハウを活かしたスポーツカー作■であ■ことが重要であ■、ベースはレーシングカー・コンストラクターでなくてはな■ないのだ。童夢の場合、レーシングカーの開発に■って利益を得■■■■うになってきたのは最近だし、収益の多くはカーボンを始めとす■関連事業で稼ぎ出していたか■、現実問題として、
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