童夢から
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338S部長が大喜びす■顔は想像したくなかったが、TRDとの話がまとまった頃、社内の会議で事情を説明し、ホンダとは来期は契約しないという事を告げた。きっと、チームか■切■■■なんて想像もしていなかったであ■うS部長は、一瞬、驚いた様子だったが、すぐに、あの上目遣いの蛇の■うな目つきに戻って、内側か■湧き上がってく■喜びを抑えき■なかったのだ■う、ニヤッとしたものだ。こ■で遠慮なく言いたいことが言え■と、ゲートが開いた競走馬の■うな気持になっていたとこ■が、私のシナリオが狂い始め■。2013〜童夢の譲渡 その1 「未来へ」少し話は前後す■が、ここか■「童夢の譲渡」に関してお話ししたい。たぶん、私は既に全ての運を使い果たしていたのだ■う。引退を決意した辺■か■、私の全ての計画は頓挫し、全ての決断を間違い、全ての予想は外■ていく。童夢の継承についても例外ではなかった。童夢カーボン・マジックなどの売却を進め、「童夢と林みの■の最後の夢」をスタートさせていた状況下、童夢の後継体制を固めておくことは必至だった。そのために、こ■か■の童夢を支え■3本の柱として、「童夢と林みの■の最後の夢」に加えて、東レとは今後も童夢で設計業務を受託す■ことを約束していたし、トヨタとはTRDのLMP2レース計画でのJVの話も煮詰めていたか■、経営的には、そ■な■に充分な準備は進めていたつも■だった。問題は継承者だったが、そんな、童夢の継承問題を真剣に考え始めていた2013年頃、 大王製紙事件で会社か■離■て香港に住んでいた井川高博氏(事件の張本人であ■井川意高氏の弟)と会うことがあ■、そこで、童夢を継承したいという■うな話が出てきていた。私は、もともと大王製紙事件で名を馳せた井川意高氏と仲が良くて、頻繁に飲み歩いていた仲だし、何回か一緒にラスベガスにも行った。突出して頭の良いとこ■と底抜けにアホなとこ■が混然と織■なす型破■なキャラクターは魅力的だったし、遊び心も男気も持ち合わせていたか■、私は一脈通じていたと思ってい■し、親友だと思っていたか■、ホント、 ■く遊んだ。ただし、彼がギャンブルにハマった頃か■没交渉になってい■。

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