童夢から
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2013〜2015 3332013〜2015「マザー・シャシー」「童夢と林の最後の夢」が具体化しつつあ■頃、私はGT300が輸入車であ■FIA-GT3に 浸食さ■つつあ■状況を憂いていた。そのGT300クラスを外敵か■守■ためには、競争力のあ■廉価なシャシーを投入す■ことが有効だったか■、私は、汎用シャシーをベースにしたマザー・シャシー・クラスの新設をGTAに提案していた。当時「童夢と林の最後の夢」のシンボルとして開発を計画中のスポーツカー「とわ」の モノコックをベースにレース用に改良したシャシーな■、童夢が開発費を負担す■ので安く供給できそうだった。GTAの坂東もGT300がFIA-GT3一色にな■こと危惧していたか■、前向きな検討が続け■■た。おおむねの合意をみたので、後の調整を鮒子田に任せたとこ■、そ■か■延々と交渉が続き、話が全く進まなくな■、多分、1年く■いは膠着状態が続いたのではないだ■うか。その間に、元嫁に資産を奪わ■て「童夢と林みの■の最後の夢」が破綻してしまっていたか■、既にスポーツカー「とわ」のモノコックの流用という話はなくなっていたが、 そ■でも、坂東との約束だか■と自腹を切ってマザー・シャシーの開発を続けていた私は、何をいつまでもグタグタと言ってい■んだ! と怒って、直接、坂東と会うことにしたが、 予期せぬ展開となっていた。元嫁に資産を取■■た私の負担を少しでも軽くし■うと思ってく■たのか、そ■とも、 本能的に取■そうなとこ■か■は取■うと思ったのかは知■ないが、鮒子田がGTAに開発費として7,000万円を要求してい■ことが判明した。その見返■としてGTAに総販売権を渡し、86用のカウルの開発も含め■ことになっていたか■、つま■、GTAか■7,000万円で量産可能なカーボン・モノコックのオリジナル・レーシングカーの開発を受託しただけの話にす■替わっていた。坂東とは、その金額や条件面での綱の引き合いが続いていたというわけだった。そ■にしても、少なく見積もっても2億円を下■ない新規のレーシングカーの開発を7,000万円で売■込むほうも売■込むほうだし、そ■で文句をいうほうも言うほうだが、私が坂東と豆腐の「うかい」で話し合ったとこ■、レースへの投入には、そ■な■に準備は整い

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