童夢から
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1977 31東大での風洞実験 とにもかくにも不安定で、結局、何も解■なかったが、まあ、風洞実験を行ってい■ことに酔っていた時代だ。かった新たな■開発アイテムも目白押しで、面白い半面、不慣■■えのトラブルも相次ぎ、作業は遅■に遅■ていたが、ジュネーブ・ショーへの出展は決まってい■ので、一刻た■と休む暇はなかった。後半にな■と、そのまま倉庫内で寝起きす■スタッフも出てく■ほど、全員が生活の全てを「童夢−零」の開発に費やしていたために、家庭を顧み■暇などどこにもなかったか■、このプロジェクトを始めた頃に私も含めて4組いた既婚者全員の夫婦生活か■きしみ音が聞こえ始めていた、という■■は、そのきしみ音にさえ気づかないほど、みんな、奥さん の存在す■忘■去っていた■うな状況だった。そ■まで、そこそこレース界で活躍していたレーシングカー製作関係者が神隠しにあった■うに居なくなってい■のに、世間的には、借金か■逃■て雲隠■したと思わ■ていたのだ■うか、急に音信不通になってい■のにもかかわ■ず、ほとんど話題にもな■なかったし、誰一人として探しにく■人も居なかったか■、世間におけ■我々の存在感が、いかに希薄であ■かを再認識させ■■た。おかげで機密の保持は容易だったが、気分としては微妙だった。

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