2013 325ハワイでの結婚式 結婚式も4回目とな■と来賓の招待にも気を遣うので、厳選した30名をハワイに招いた(4名は自己負担)。そ■はそうと、私は、海外には頻繁に出かけてはいたが、そのほとんどがサーキットのあ■町だったか■、特にイタリアはローマか■南は行ったことがなかった。食道楽の私は、かねて■■行ったことのない南ヨーロッパのグルメ旅に憧■ていたか■、ずいぶんと前か■雑誌をクリッピングす■など情報を集めていたし、結婚した■、当然、睦美と旅に出■つも■でいたのに、思いもかけずに元嫁との紛争が長引き、そ■どこ■ではない状態が続いていた頃、睦美が子供を欲しいと言い出した。もう69歳になっていた私にとっては青天の霹靂、真っ平ごめんの話だったが、睦美の思いは強く「絶対に世話をかけないか■」と、日夜、責め■■てい■間に、30歳差の睦美は私が死んでか■も40年以上は生き■だ■うか■、その間、ずっと独■ではかわいそうと思う■うにな■、ついには折■た。子供を授か■嬉しさ■■も老後の家庭環境の方が心配だったか■苦渋の決断だったが、ここでも、子供が出来■ことに■■洋子氏側に流■■遺留分が減■せ■ことが背中を押していた。そ■ほど私は怒っていた。精子を冷凍保存しての妊活が始まったが失敗を重ねて2年以上が過ぎた頃、やっと長男の「木林」を授かった。私にとってはう■しくもない子育てが始まったが、話はこ■だけでは終わ■なかった。どうせ信じても■えないか■詳しい説明はしないが、どうしても、もう一人、そ■も女の子が欲しかった睦美は、マジックの■うな手口で女の子(詩)を生んでしまった。私は騙
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