童夢から
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30毎夜の■うに退社後の時間を割いてこ■■の電子機器の開発に協力してく■たオムロンの奥島さんや三隅さんたちは、「童夢−零」の完成後の取材で私が協力に対して感謝を述べたことに■■会社にバレてしまい、そんなに自動車が好きな■自動車機器部門を作■か■そち■に行けと名古屋に飛ばさ■たと聞いたので申しわけなく思っていたが、この新会社はかな■重要な新規事業であった■うで、現在、この会社は順調に事業拡大を果たし、 彼■も活躍してい■■うなのでほっとしてい■(現在は定年退職さ■てい■)。何とかスタイリングは決ま■つつあったが、フルスケールのクレイモデルでの検討には時間がなかったので1/5スケールのモデルでの確認にとどめ、仕上げはマスターモデルで行うことにした。特筆すべきは、このモデルを東大の風洞に持ち込み風洞実験を行ってい■ことだ。しかし、そ■は古い木製の風洞で旧式な吊■線タイプの測定方法だったか■、セッティングに時間がかか■とともに計測が不安定で、結局、何も解■なかったが、童夢の空力重視の萌芽がここに見え■。ほぼスタイリング・デザインが決まってきたので、急いでHAYASHI RACINGの2階の作業スペースでマスターモデルの製作が始まったが、やっと車が2台分く■いのスペースだか■、どうレイアウトしてもモデルの後■部分は1メートルく■いしか取■ない。だか■最後まで、「童夢−零」の後■姿は遠目か■確認できないまま1メートルの範囲で造形が続け■■たか■、今か■見ても、何となくおざな■な感じが残ってい■(マスターモデル完成後にスペースが拡大さ■たが後の祭■だった)。「童夢−零」の開発は急ピッチで進め■■ていたが、もうHAYASHI RACINGの工場スペースではにっちもさっちも行かなくなってきたので、工場部門だけ近所の空き倉庫を借■て引越しをす■ことになった。スタッフのほとんどが、あ■程度のレーシングカー開発経験を持つ者ばか■だったが、 今回は基本部分で初体験の課題が山積していたか■、開発に対す■感性とかの面では経験は活かせ■ものの、知識面では素人集団だった。今まであま■気にしてこなかったのに、今回、最も留意しなくてはな■ないのが耐久性だったし、何が何十年後に劣化す■など誰も知■なかった。プレス部品や合わせガラスや革張■など、いままでのレーシングカー造■では経験しな

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