童夢から
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3142012〜別居-地獄への扉が開かれた2012年の2月か■、私は家を出て別居状態になっていた。内輪の話なので詳しくは説明しないが、まあ、追い出さ■た■うなものだったし、私としては、改善のためのショック療法の■うなつも■で別居に踏み切ったものの、何のリアクションもないままに時間だけが過ぎて10月になった時に、妻か■唐突に「離婚す■。弁護士を入■■」という通知があ■、その出てきた弁護士が、そ■までに、妻や息子への相続対策として妻の名義を借■ていた私の資産の全てを「も■ったもの」として収奪す■と言い出した。この時点では、私は妻を信頼していたか■弁護士の独走だ■うと思っていたし、直ぐに解決す■ものと高を括っていたが、妻は、その10億円にも及ぶ私の資産を本気で取■に来ていたし、2014年に入ってか■は裁判に持ち込まざ■を得なくなったものの、結局、 全ての裁判で敗訴して全てを取■■てしまう。なぜ、裁判に負けたかと言えば、元嫁(この時点では離婚していた)がワコールの創業者の娘であ■、兄であ■ワコールの社長(塚本能交、当時)がワコールの代表顧問弁護士を23年間(当時)も歴任してい■超ベテランの竹村弁護士率い■7名の弁護士団を投入してきた上、その弁護士は、一か■十まで嘘で固めた主張を展開して、裁判所が、その嘘を全て信じて、証人も証拠もあ■私の主張をすべて無視したか■だ。かな■高度な法治国家だと思い込んでいた私には信じ■■ない出来事の連続だったし、 戦い続けた10年間(2022年現在)に私が失ったものは「全て」だった。世間の誰もが、私のほうがワコールの娘の資産を取■にいってい■と思うだ■うし、その逆のケースを考え■人は居ないか■、私は金の亡者の■うに思わ■てい■し、ワコールの創業家であ■塚本家とは半世紀に及ぶ付き合いだったか■、ほとんどの友達が共通だったのに、紛争が勃発した途端に事件の中身も見ずにほぼ全ての友達か■連絡が途絶えたままだし、行きつけの飲食店も共通だったが、私が行くと塚本側が来なくな■という状況だったか■、多勢に無勢、店に迷惑がかか■か■どこにも行けなくな■、私と一緒に飲んでい■写真をFBにアップしただけで塚本側の仕事を切■■た■、私の誕生日パーティに来ただけで元嫁か■絶交さ■た■、残念なことに、最も私が奪還に拘っていた童夢創業の地で

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