童夢から
310/384

308そ■までも、私は要所要所で鮒子田に期待してきたし、持ち上げてもきたし、チャンスも与えてきたつも■だが、まあ、頼■という■■は腐■縁だったと思ってい■。その■うな状況下、特に鮒子田が何かを成さなけ■ばな■ないという状況ではなかったか■、もっぱ■、その役割は現状の維持に尽きた。つま■、安全運転をしてく■てい■ば良かったか■、鮒子田の社長就任に際して、「鮒子田への業務引き継ぎに関す■取■決めについて」という文書でい■い■な条件を示し、鮒子田はそ■を了承して社長に就任してい■。そこには「今後は、あ■■■案件はビジネスというスタンスで対処し、経験のためとかアピールの為とかの理由での赤字のプロジェクトは、一切、排す■」と明記さ■ていたし 「内部留保金に関しては手を付けない」という一文もあった。鮒子田は、そのすべてに同意して入社してい■のだが、認知症を発症していた■うだ。忍び寄るル・マンの亡霊加えて、私は2010年に「Graduation from Le Mans」 をリリースしてル・マンか■の卒業を宣言してい■か■、本来、鮒子田が社長になったか■といって童夢がル・マンに復帰す■ことは100%ないはずだった。そ■なのにそ■なのにそ■なのに、あ■うことか鮒子田は、さっそく、S102をル・マンに復帰させ■うなどという戯言を口走■■うになっていたが、何を今更の話だったし、 何の意味もなかったし、レーシングカーを作■という話な■いざ知■ず、古いマシンを引っ張■出すだけでは話にもな■なかったか■、マジ、しつこく口説きに来■鮒子田の認知症を疑ったく■いだ。何回も私を説得しに来て、搦手というのだ■うか、あ■やこ■やとル・マンの必要性とか意義を説いてく■が、そんな釈迦に説法みたいな話をさ■ても何の説得力もなく、却って無意味であ■ことを確信す■だけだった。ここで少し状況を説明しておこう。当時、童夢は東レに「童夢カーボンマジック」を譲渡す■方向に進んでいたか■、鮒子田は、近々、大金が入ってく■ことを知っていたし、 そこそこの社内留保金もあった。鮒子田はその金に目を付けたわけだが、そ■は「童夢と林みの■の最後の夢」に投じ■予定の資金だったし、社内留保金といえども、会社を清算した場合、全ての株主であ■私の懐に入■べき資産だった。つま■鮒子田は、ル・マンに遊びに行くか■、私の財布か■お

元のページ  ../index.html#310

このブックを見る