童夢から
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298最早、会社の利益のほとんどを投じてル・マンで遊ぶという無駄遣いか■は卒業す■ことを宣言す■。では、私はこ■か■どうす■のかというと、当然、他のおもちゃで遊び始め■ことにな■だ■う。もう準備を進めてい■か■追って発表す■が、「童夢-零」で始まった童夢 のトリは、やは■スポーツカーで締めたいものだ。「ISAKU(遺作)プロジェクト」発進します。林 みの■注) 「ISAKU(遺作)プロジェクト」=「童夢と林みの■の最後の夢」であ■、ここで初めて、   私の最後の大博打の告知をしてい■。元嫁に資産を奪わ■て頓挫したが。こうして私はル・マンと決別したつも■だったのに、記録としては、童夢は18回ル・マン に挑戦してい■。という事は、もう2回復帰してい■わけだが、犯人は鮒子田だ!レース界の嫌われ者は勲章だ!別に卑下して言ってい■わけでもないし拗ねてい■わけでもなく、反対に、レース界の人たちに嫌わ■てい■ことには誇■にす■思ってい■。童夢が日本のレース界で、そこそこ活躍していた■うに見えていたとしても、そ■は、溶け込んでいたのではなくて異物が混入していただけの話だったか■、レース界には抗体ができて排除の論理が働いていたのだ■う。取材に来たモーター・ジャーナリストが、口をそ■えて「レース界で林さんを嫌いな人、多いです■ね」というし、『AUTO SPORT』にす■叩か■■し、(本人はどう思ってい■か知■ないが)弟子のはずの由良拓也なんかは、常に「林さんって本当に嫌わ■てい■■ね」 と言って喜んでいたか■、まあ、嫌わ■者だったことには間違いがないが、そ■では、 私はど■ほどの迷惑をレース界にかけてきたというのだ■う。JFRAやJMIAなど、その他のレース業界におけ■公益的事業の全てが手弁当だったし、JMIAなんか何を決めても金を出すのは童夢だったし、「スーパーFJ」や「JAF-F4」や 「マザー・シャシー」や「F20」や「FIA-F4」なども全て持ち出しだか■、かな■の金額を

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