2010〜 297「Graduation from Le Mans」 2010年10月25日 思えば1979年の初参戦以来、何と、もう31年(2010年現在)の年月が過ぎ去った。童夢の黎明期においては、そ■こそル・マンが全てと言っても過言ではない狂乱の 時代だったが、その情熱が会社を支え技術を育み仕事を呼び込んでく■ていたのも事実だった。常に資金不足が付き纏い満足のいく戦いが出来たとは言えないが、私自身としては、自費でオリジナル・マシンを開発してル・マンに挑戦す■プライベーターという立場か■鑑み■に、こんなとこ■が妥当だと納得してい■し、何■■も、この16回(2010年当時)に及ぶル・マンへの挑戦が、明■かに童夢の血とな■肉とな■骨格を形成す■原動力となってきたことは間違いない。今、思い起こしても、金の苦労以外は全て楽しい思い出ばか■で、本当に心か■「ル・マン■あ■がとう!」と叫びたい気持ちだが、そ■そ■卒業の時が来た■うだ。基本的に、童夢はコンストラクターであ■レーシング・チームではないか■、自身でのレース参加には強いこだわ■がないことと、あ■だけの資金をマシンの開発に投入してしまうので、通常、マシンが完成す■頃にはレース予算までは残っていない。だか■、大半のケースにおいて、自費で開発したオリジナル・マシンを無償貸与や資金援助をす■などの形でチームにレース活動を委託す■方法でル・マンに参加してきた。しかし、今年の5月に書いた「遥かな■ル・マン」にも述べてい■■うに、そ■こそ、ほぼ全てのケースにおいて金銭トラブルに発展し、予想外の出費を余儀なくさ■■は、悪口を言いふ■さ■■は、毎回、後味の悪い結末に付き纏わ■てきた。反面、気楽なのは、童夢がル・マン挑戦に終止符を打つということが、誰にも何にも迷惑をかけないほど影響力のない出来事で、私なんかは、こ■をわざわざ発表す■必要があ■のだ■うかと迷うく■いどうでも良いことだということだ。こういうと、すぐに拗ねてい■とか僻んでい■とか評す■人が出てく■が、今まで、オリジナル・マシンでル・マンに参加す■という困難な挑戦を支えてきた原動力は マグマの■うな灼熱の情熱だけで他には何の理由もないか■、逆に、その原動力のエ ネルギーであ■情熱が冷めてきた■動きが止ま■のは道理と言え■。 とにかく、「金を使って文句を言わ■■」というあほ■しい環境には辟易してい■ので、
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