童夢から
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2010〜 293ラブルは避けたいと思いつつも、しつこく頼ま■た■折■てしまう。この■うな嫌な出来事が続いてル・マンへの情熱が下火にな■つつあ■頃、トヨタのK部長がやってきて、トヨタとのル・マン参戦という夢物語が始まったのは、前段の「人生で最も幸せだった一日」で書いたとお■だが、結果的に、私の人生最大の夢は、 いとも簡単に霧消してしまった。しかし、その副産物として残さ■た「童夢 S102」に関して、ヨーロッパのレース関係者の関心は高く、2009年のル・マンへの不参加が噂とな■頃、い■い■なヨーロッパ のチームか■S102を貸してほしいという問い合わせが来■■うになった。いままでの苦い経験か■、その種の話には耳を傾けないでいたが、中でも熱心にオファーを続けてきていたのがECO SPEEDという新興チームで、スタッフの中には旧知の人たちも参加してお■、問い合わせたとこ■、内容的にも財政的にもしっか■としてい■との話だったので、具体的な話を進め■ことにした。ECO SPEEDの要望は、車両だけ貸してく■た■あとは全て自分たちで賄うという話 だったので問題なく契約まで進んだが、いざ、依頼さ■ていた不足分のスペアパーツの製作費用の支払い時期になったのに入金がない。もう未収金が増え■のは御免こうむ■たいので、契約では入金を確認してか■でないと製作に着手しないということになってい■のにかかわ■ず、こ■以上、遅■てはレースにも間に合わなくな■というタイミングになっても入金がなく、またもや何となく暗雲が立ち込めてきたなと危惧していた■、言いわけとして銀行の振■込み証明書がメールで送■■てきた。そ■には、手続きの都合で入金まで数日を要す■ことがあ■と書いてあったが、童夢のコンピューターで分析す■に、その書類の銀行のサインは別のレイヤーを重ねて合成したもので捏造であ■ことが判明した。こんなとこ■とは付き合えないと中止を決意したとたん、ヨーロッパの知■合いか■ECO SPEEDが破綻して空中分解してしまったという情報がもた■さ■、エントリーも 締め切■■ていたので、2009年に関しては全てが終わってしまった。 2010年に関しては、2008年か■S102を貸してく■と頼ま■ていたモナコのアマチュア・ドライバーか■、自分の所属す■OAKレーシングが大幅に体制を強化して本格的にコンストラクターとしてもチームとしても事業として取■組むことにな■、現在、テストコース付きの大規模なガレージを建設中であ■、 その開発部門として協力してほ

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