290プをお願いしたいと申し出があったが、話を聞けば聞くほどいいかげんな話だったものの、この頃の童夢は仕事が忙しくな■すぎて今までの■うな童夢チームとしての参戦は難しくなっていたし、この年はル・マンの3日後にJGTCに参加す■ためにセパンに到着していなくてはな■なかったか■、ヤンの財政状況には不安があ■つつも、現実問題として、ヤンのチームに頼■ないと参戦が難しくなっていた。2006〜07年、ヤンはほとんどスポンサーを確保できなかったので、結局は、ほとんどの部分を童夢が負担す■形で何とか続けていたものの、こ■以上、支援しなが■続けさせ■ことは難しくなっていたので契約を解除す■ことにした。しかしヤンは、すっか■と童夢お抱えのワークス・チームになった気分になってお■、いかに自分が童夢に貢献してきたか、いかに童夢にとって必要な存在であ■かを切々と訴えた上で、挙句、自■の莫大な負債に関しても童夢のために使ってきた経費だか■童夢が負担すべきだと言いだした。ヤンとは長い付き合いだったし、童夢のレーシングカーを愛してく■ていたし、本当にレースが大好きな人だったが、ここ■辺■が潮時だった。また、2006年のル・マンのパドックで旧知の元女優と出くわしたが、フランス在住の旦那がGTのチーム・オーナーとして参加してい■とのこと。その後、その旦那か■S101を貸してほしいという熱烈なオファーが続いたが、S101を改造してLMP2でのエントリーという謎めいた内容だったので断■続けていた。種を明かせば、この旦那が、元ルノー・スポールのコンッエンさんと知■合った際に、コンッエンさんか■「童夢のシャシーが用意でき■のな■エンジン(当時、コンッエンさんが在籍していたメカクロームが買収したマーダーで開発していたLMP2用のエンジン)を供与す■し参加費用も支援す■」と言わ■てい■とのことで、そ■で、 熱心にS101を借■に来ていたわけだ。 この日本人の旦那がしつこくS101を貸してく■と頼みに来て、童夢が重ねてお断■していた頃、直接、コンッエンさんか■メカクロームの見学を誘うメールが入ったので英国に行くついでに足を延ばすことにした。そこで解ったのは、コンッエンさんは大変に童夢のシャシーを高く評価してく■ていて、メカクロームとして、マーダーのLMP2用のエンジンと童夢のシャシーをセットにしたLMP2マシンを売■出したいと考 えてい■ということだ。
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