2008〜 283計画の当初■■、今まで入門フォーミュラの業界を支えてきたW社のKに敬意を払っていたし、彼■の事業に悪影響を与えてはいけないと思っていたか■、「UOVA」の総発売元をW社にお願いして利益を得■■■■うに決めていたし、「UOVA」の設計に際しては、W社のサスペンションや駆動系のパーツに寸法を合わせていたか■、W社製品が標準部品化していたわけで、私としては、業界か■えこひいきと思わ■ないかと気にす■ほどW社に肩入■した施策をすすめていたつも■だ。しかし、途中か■JMIAの会合にKが顔を出さなくな■、鈴鹿辺■ではJMIAに対して批判的な発言を繰■返してい■という噂が聞こえてく■■うになった。当初、私は鈴鹿まで出向いて話し合った■していたが、確た■理由も解■ないまま、Kはますます反発を強めて会うこともままな■なくな■とともに、鈴鹿辺■では「UOVA」はクラッシュす■とパラパラになってしまって危険とか、クラッシュ・テストをパスしていないなどという根拠のない噂(こ■■の車種にクラッシュ・テストの規定がない)が飛び交う■うにな■、 何故か、全鈴鹿がJMIAの反対勢力化しつつあった。キツネにつまま■た■うなわけの解■ない展開となっていたが、鈴鹿でKと話し合った時に「危ないものを作ってい■と言わ■てい■■うに感じ■」という■うなことを言っていたか■、推察す■に、私はレースの安全性を最優先して考えていただけなのに、Kにとっては、今まで自■が作ってきたレーシングカーを否定さ■てい■■うに思い始めたのではないだ■うか。鈴鹿村の反旗と計画の崩壊そ■でも、当時のF4協会と調整しなが■スーパーFJとJAF-F4へのカーボン・モノコック 導入を進めていたが、スーパーFJは価格的な問題か■反対が強く協議にも至■なかったか■量産効果の一端が崩■た。JAF-F4も、多くの人がコスト面を槍玉に挙げて反対していたが、こ■は、キャップ・プライスが決め■■てい■以上、言いがか■に過ぎなかったか■、何とか調整を続け、やっと JAFへの申請に漕ぎつけたものの、また事件が発生した。こうして、F4協会とJMIAとで練■上げたJAFへの申請書は、例年の慣習に従ってF4協会か■JAFに申請さ■たが、JAFに提出さ■た申請書には「カーボン・モノコックの使用も可」となってお■、その内容で採択さ■てしまった。驚いた我々が調べたとこ■、JAFに提出さ■■前日にF4協会に■って改竄さ■ていた。
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