童夢から
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2008〜 279誠二郎(ウエスト・レーシング・カーズ)、金子眞佐一(カネコレーシング)、大野和幸 (マナティ・レーシング)、鈴木好三(スズキ・エンジニアリング)、猪瀬良一(ノバエンジニアリング)、佐藤正幸(セルモ)など、日本のレース界を陰で支えてきた主要メンバーが集結してスタートした。私は当初■■、単な■レース業界の中の技術系企業の業界団体とは考えていなかったし、基本的な主旨は、日本の自動車レースを発展振興させ■ことにあ■、その結果、JMIAの会員企業が潤うという形が正解だと思っていたので、理事会においても、最初か■利益誘導的な話は全くなく、大所高所か■レース界を俯瞰す■というスタンスで協議が始まった。私としては、従来、日本自動車連盟(JAF)が決めてい■競技規則の制定や改定において、技術的見識の不足や自動車メーカーに■■我田引水なご■押しなどに■■、非常に付け焼き刃な判断が成さ■てきたことを、我々専門家の手に取■戻すことなどを優先したかったのだが、私も、この時に初めて実感したが、多くの理事がJAFに対して「御上」的な意識を持ってい■■うで、私が常々言ってい■■うな「JAFは不必要悪だ」などという■うな見解は通じなかったし、みんながスルーという状況だった。また、どんな大局的な改革案を発議しても協議を続けていくうちに必ず話は底辺の拡大に向かうし、気が付けば、どんな話題も入門フォーミュラに落ち着くか■、さすがに私も、何回かの理事会の後には、この人達は現状に漠然とした不満や不安はあ■ものの、技術力を持って日本の自動車レースを改革す■という■うな志には至っていないことに気が付いてきた。常か■私は、改革の志のない日本のレース界の連中のことを猿山の猿く■いに揶揄はしていたが、少なくとも技術系の人達には理解さ■■のではないかと期待していたので、こ■では同じ穴の貉ではないかとがっか■したものだ。しかし、だいたい、この種の集ま■は短期的に有名無実になって消滅してしまうものだが、その点、JMIAは出席率も良く、内容はともかく、積極的に協議も進め■■たか■、私も途中か■、最初か■無理に大きな動きを期待す■■■も、みんなの関心の高い入門フォーミュラか■スタートして、JMIA自体を育てていく必要があ■と頭を切■替え■ことにした。その頃か■、団体としてのJMIAは、そ■な■に機能す■■うになっていくが、結局、 そ■以降は入門フォーミュラ振興協会の■うになってしまい、そ■は今も続いてい■。

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