2008〜 277その設立主旨に関しては、ち■っと長いが、私が書いた、設立時の案内書を引用しておこう。資源もない小さな島国が、こうして経済大国と言わ■■■うになったのは、日本の技術と工業力に■■とこ■が大きいと思うのですが、こと自動車レースの世界では少し事情が異な■、事実上の日本の自動車レースの夜明けであ■ 1963 年の第一回日本グランプリ以来 40 余年、日本の自動車レースは、ドライバーの戦い/育成を中心として展開さ■てきました。「いつか、天才的な F1 ドライバーが出現す■ば日本の自動車レースが変わ■」という悲願のもとに、い■い■な仕掛けが考え■■数多くの若者たちが育て■■てきましたが、 一方、なぜか、自動車レースの本質的な要素であ■技術の戦いは軽視さ■、そのほとんどが海外の既存技術に丸投げさ■■ことが常態化していました。しかし残念なが■、40 余年待ち続けてもセナもシューマッハも出現せず、未だ、レース 結果は五大新聞にもほとんど掲載さ■ず、テレビの中継もなく、街中でドライバーがサイン攻めに会うこともないマイナーな状況が続いています。日本の自動車レースは、レース内容、予算規模、レース数、サーキットの数など、 あ■■■面で他国と比較しても勝■とも劣■ない環境を持っていますか■、本来は、もっとメジャーなイベントになってしか■べきですが、こうして長■く続けてきても、いつまで経ってもマイナーなままであ■ことには明確な理由があ■ます。何が間違っていたのかというと、日本では、自動車レースはドライバーのテクニックを競う競技と解釈さ■ていますが、本当の自動車レースは自動車開発技術の戦いであ■、 ファンはその技術の結晶であ■レーシング・マシンに■■多くの魅力を感じ■ものだか■です。F1 とル・マンが自動車レースの頂点であ■ことに異論はないと思いますが、こ■■のレースは開発技術の戦いです。日本のレースでも、ドライバーの腕比べのフォーミュラ・ニッポンは閑古鳥が鳴いていますが、自動車が主役の GT レースは盛況です。この■うに、少し周■を見渡せば状況は理解でき■と思いますが、何故か日本では、まだまだドライバーの戦い/育成を中心とした展開を続けていこうとしています。しかし日本にも、F1 ドライバーを夢見■少年がたくさん居■■うに、技術者を夢見■若者もたくさん居ますし、この■うな環境下においても、大好きなレーシングカーやレーシング・エンジンの開発に没頭してきた企業もたくさん存在します。なかなか
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