268■ていた■うな状況もあ■、寂しいレースとなっていた。私は遠か■ず破綻す■と見越していたが、日本でのル・マン開催は継続してほしかったか■、破綻す■前に開催継続の道筋をつけておこうと各方面に根回しを始めていた時、U氏が突然にギブアップを発表して終わってしまった。その直後、収拾に困ったACO■■継続について相談したいと言ってきたか■会うことになったので、日本を中心とした開催方法について提案し彼■も真剣に耳を傾けていたが、約1ヶ月後に会った時には態度が豹変してお■、突然に、中国での開催をメインとして、ついでに日本での開催を企画してい■という話になっていた。たぶん、中国で■ほど美味しい話をさ■たのだ■うが、いわく、「2008年に上海で開催し、2009年に上海と日本で各1戦開催」を希望してい■ので、日本での開催について適正な主催者を紹介してほしいという事だった。中国の話は、いかにもあやふやだったし、たとえ中国で開催す■にし■、私は、本格的に日本に根付いてほしいと思っていたか■、「日本にはジャパン・ル・マンへの参戦予備軍は少なか■ず居■と思うが、年間1戦では1億を超え■投資はできない。最低でも3戦開催しないと参加者の確保は難しい」と主張したが、中国でハニートラップに引っかかったのか、■ほどU氏の失敗に懲■たのかは知■ないが、「二度と失敗はできないか■1戦開催か■スタートしたい 」と検討の余地もない様子だった。とにかく、ACOが第一候補とす■富士スピード・ウェイに連絡してトップ3との面会をセッティングしたが、全員が、ま■で押し売■を断■■うな対応に終始したために、気分を害したACOのメンバーは、その後、銀座に飲みに行くという私についてきて、「自動車メーカーか■、こんな扱いを受けたのは初めてだ」と、いたくプライドを傷つけ■■た■うでやけ酒をあおっていたが、支払いは私だ! しかも、そ■がいかに高額なものであ■かを彼■は知■ない。2008年になって、ACOが童夢S102のレギュレーション・チェックに来た時に、「富士SWでの開催が決まった」と聞いたが、富士SWに確認す■と「コースを貸すだけだ」との回答で要領を得なかった。その時の話に■■と、ル・マン開催に際し中国が15億円を拠出す■ので、その資金で中国に送■■■アウディ、プジョーを筆頭にした10台以上のマシンを、ついでに富士SWに回すという構想■しいが、ACOには、過去の例か■しても、中国の話は、ほぼ雲散霧消す■のが通例だか■信じ■べきではないと言った■「政府高官との話だか■普通の話と
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