260■タイヤを換えてレースに参加し、ピットでは彼女がサインボードを出すという、まんま、1960年代の鈴鹿サーキットがそこにあった。彼女は後で考え■として、人目に付かない当地で、TRD THAILANDの車でも買ってレースデビューしてや■うと企んでいたのだが、当時、タイのトヨタ系レーシング・チームは二派あって、一つは日本人がトップのチームで、もう一つがSuttipong氏率い■チームだった。全く事情を知■なかった私は、誰の紹介か忘■たが、その日本人のほうに連絡を取ったものの、全く車の手配も付かず話も二転三転して進まないまま連絡もままな■なくなったので、何となく億劫にな■、林みの■のレーサーとしてのデビューは見送■となってしまった。後で聞いた話に■■とSuttipong氏が勢力争いに勝利した■しいが、その後は知■ない。
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