童夢から
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252■か■の方々に発起人として協力をお願いしています。つきましては、この7/23に東京で前記のメンバーを招集して、本件に関して協議をしたいと思いますので、ぜひ、ご参加をお願いいたします。(以下略)2007年7月23日の第一回のミーティングには、この趣旨に興味を持ったレース界のお歴々が約40名集まってく■た。みんな何もしないけ■ど内心では心配してい■のだ。私のあいさつで議事は始ま■、シナリオ通■に、最初に、舘をトップに仰いで新生GTAをスタートさせ■うという話になった時、唐突に舘が「社長は林の方が良い■な」ととんでもないことをいいだした。いわば、舘GTAの決起集会であ■、論理的にきっち■と構造や目的を説明して期待を高め安心感を与え■べき状況におけ■根幹を揺■がす■うな異質な発言に会場がざわつき出した時に、ひな壇の下に控えていた坂東とGTAに居た中村信夫氏が発言を求め、唐突に、要旨「GTAは我々がやっていくか■任せてほしい」と言い出したか■驚いた。舘をトップとす■新生GTAの決起集会のはずが、突然、坂東が自■トップになってGTAを引き継ぐと言い出したのだか■、もう収集はつかない。ずっと私が感じていた不安の原因はここにあった。要す■に、2006年後半か■今まで、仕方なくとは言えGTレースの開催に努力してきた坂東はGTAの引き継ぎが難しくないことや主催のうま味も知ってしまった上、GTAで要職に居た中村氏にも後押しさ■て、 その気になってしまい、トップに立つつも■でいた舘を押しのけ■うと裏で画策していた状態だったのだ■う。こ■までの数か月間に、私の知■ない所で、そ■な■に舘と坂東の間では綱引きが繰■広げ■■ていたのだ■うが、そ■にしても私は、こんな茶番劇のために出席者を集めさせ■■MCまでや■さ■た挙句、目先の利権争いに巻き込ま■て、またもや旗振■をさせ■■て梯子を外さ■■のだか■、もう、その場を取■繕う気持ちにもな■なかったし、失望と憤■で、後先考えずに「坂東がや■そうです」と言って幕を閉じてしまった。まあ、レース界の40人余■の要人の前で赤っ恥をかかさ■た■うなものだが、ご存じの■うに、そ■がそのまま現在に至ってい■し、坂東は、舘を押しのけ■勇気を振■絞ったおかげで楽しいレース人生を謳歌してい■■うだか■同慶の至■だ。

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