童夢から
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2005〜2007 249えた。しかし私は、そ■まで長きにわたって主張し続けてきた「日本の自動車レースの改革」には絶好のチャンスだという思いがあったか■、2人には「FNもF3も全て自動車メーカーの資金に頼ってい■現状、唯一、利益を生み出すGTAの存在価値は大きい。こ■を活して、この際、日本の自動車レースの抜本的な改革に着手すべき」と持論を展開して、けしかけた。全日空ホテルのティラウンジで、私と舘と坂東と話をした時は、確かに、2人とも賛同して協力を約束したし、その後、しば■くは密に連絡を取■なが■戦略を煮詰めつつあったものの、いつ頃か■か、何とはなしに距離感が芽生えてきて、もともと頼ま■て引き受けたはずの私のほうが頼みごとをしてい■■うな、おかしな雰囲気になっていた。しかし、2月になって、当時のGTAの加治事務局長がギブアップを宣言して、事実上、GTAが崩壊した後も、坂東GTEの努力に■■、2戦、3戦と開催に漕ぎつけていたか■、状況は混沌としていたし、坂東も慣■ない主催者としての仕事に振■回さ■てい■のだ■うと思っていた。まあ私が、やいのやいのと催促す■■うな筋合いの話でもなかったか■、途中か■、私も連絡をしなくな■、長い間、わけの解■ないアイドリング状態が続いていた。そんな時、5月になって舘か■電話があ■、「例の改革を急ごう」と言い出したか■、私は、この長いアイドリング期間は何だったんだと問い詰めたが明確な答えは聞けなかったし、坂東か■も忙しかったという答えしか返ってこなかったか■、何か、半分は現実で半分は幻想の■うなあやふやな不安感を抱きなが■も、ここでそっぽを向く状況でもなかったので、すっき■しないまま、方針の再確認のための「チャンスだ■!」を書いて2人に渡し、その後もミーティングを重ねて方針を固めていった。チャンスだよ!(要約)                    2007年5月21日レース界のかな■の人達は、自動車メーカーの庇護下のぬ■ま湯に慣■てしまって向上心や冒険心を忘■てしまってい■か■、この度のGTAの不祥事に絡む混沌とした現状にも他人事の■うな顔をしてい■■■し、時々、話題に上ったとしても、いかにして原状回復させ■かという怪我を治す■うな話しか出てこない。しかし、私か■見■ば現状は改革には絶好のチャンスだと思ってい■。ほとんどの自動車レースが自動車メーカーの支援に■って息を繋いでい■状況下、唯一、かな■の

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