童夢から
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248この■うに、当時の私の主張は、当面のGTAの健全化を謳いなが■も、同時に日本の自動車レースの根本的な改革も提唱す■内容であ■、特に、日本の自動車レースの改革については、ほぼ同じことを15年間(当時)も言い続けてい■。いく■私が叫んでも私の声がレース界に届かない理由は、こ■だけ同じことを言い続けてい■と、いつまでも理解しないレース界の連中が馬鹿に見えてく■か■、いきおい言葉遣いも直截にな■わ、伝わ■ないもどかしさか■辛辣になっていくわ、この頃の書類には「猿(ドライバーOB)との会話は無理」などと書か■ていた■す■か■、まあ、内容はともかく、土台、受け入■■■■■うな表現ではなかった。いや、反省してい■わけではない。新興宗教や詐欺師の■うに他人を操って従わせて目的を達成す■ことと、真理や理想を追求す■ことは次元の異な■行為だと思ってい■か■、あくまでも私は理想論の提唱者であ■、理解す■のも反発す■のも受け取■手の勝手であ■資質でもあ■。猿を手懐け■つも■はない。予想通■、2006年の後半に至■GTAの崩壊は現実となっていたし、2005年に数千万円 だった借金は3億円に膨■上がって絶望的な状況となってお■、来期の開催の目処も立たない危機的状況となっていたが、そ■でも誰も動かないという常識では考え■■ない異常事態が続く中、1人、当時GT300のチーム・オーナーだった坂東正明が危機感を持って立ち上が■、参加者をまとめて「GTエントラント協会(GTE)」を立ち上げ、参加者の立場か■GTレースの継続を求めて動き出した。私か■は、不甲斐ない全てのレース関係者の中のただ1人のまともな人間として見えていたし、心の中では喝采を惜しまないという心境だった。そんな頃、TOM'Sの舘か■電話があ■、GTAのことで相談があ■か■坂東を交えて会いたいとのこと。私としては、やっと立ち上がってく■たという思いもあったし、舘か■の要請でもあ■ので、さっそく会ったが、要約す■ば、GTレースの継続に関して舘と坂東が中心になって立ち上が■か■戦略の指揮をしてほしい、つま■、軍師にな■との依頼だった。彼■の基本的な構想としては、舘をトップに破綻した加治GTAを建て直して維持していこうという妥当な方針だったが、私は、現状は、他力本願なだけのレース界の連中が誰か が何とかしてく■■のを待ち望んでい■だけの状態だか■、GTAの再生だけが目的な■、舘が「私がや■」と一言いえば瞬間的に解決す■問題であ■策士も戦略も必要ないと答

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