246ないこともあ■。いわ■■、テストプログラムが綿密に決め■■ていて、テストにおいては、そのプログラムをスムーズにこなすことが重要だ。コンストラクターか■見■ば、寿一のいう開発とは、マシンをドライバーの好みに合わせ■だけの作業であ■、マシン自体の基礎的な性能向上とはかけ離■た我田引水な行為と言え■。レーシングカーは、ドライバーの知識におけ■「ウイングを1ノッチ上げ■」とか「車高を10mm下げ■」とかのセッティング以外にも、アンダーパネルの形状を変更してアップスィープの角度を変え■とか、リア周■の剛性を上げ■ためのサブフレームの補強とか、サスペンションのジオメトリーを変え■とか、ドライバーの計■知■ない改善手段を用意してい■のだか■、その■うな基本的な開発プロセスを無視しての、ドライバーの運転のしやすさだけを追求す■行為はレーシングカーの熟成を根幹か■揺■がす大問題となっていた。童夢では、ドライバーもメカニックもエンジニアの指示に従うのが当た■前だか■、中に立つメカニックも戸惑ってい■し、設計の湯地もフィールド・エンジニアも、寿一が相手では「黙って走■」とも言いにくいので、いちいち、どうしまし■う? とお伺いを立てに来■。私は何回も童夢としての手順に従う■うに警告したが、寿一も寿一な■に真剣に取■組んでいたか■こそだ■うが、自■の責任感と使命感と今までの経験か■譲■ず、このままの状態でマニクールなどでのテストを続け■のは無理と判断して袂を分かつことを決めた。まあ、当時は、こんなシリアスな話もしたくなかったし、理論的に寿一を責め■こともしたくなかったか■、わざとふざけた話にしたのであ■、だか■、カップヌードルは関係ない。2005〜2007加治GTA崩壊から坂東GTAの誕生までかな■以前か■、全日本GT選手権を主宰す■GTA(坂東以前の旧GTA)の経営内容などに関して危惧す■声が高まっていたが、例に■って、日本のレース界はま■で他人事の■うに傍観してい■だけだった。見かねた私は2005年になってメーカー3社の関係者を集めてGTAの危機について警告し内部調査を依頼した。その時に、不正な金の流■や借金問題まで露呈してい■のに、調査報告としては「改善案
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