2005 245度外視す■ば、初めてと言え■ほど清々しい終わ■方をしたル・マンとなった。ちなみに、ヤン・ラマースは預けてあった、もう1台のS101で独自に参加してい■。「脇阪 寿一」のカップヌードル問題このレースに関して、ネットでは「脇阪寿一のカップヌードル問題」として取■ざたさ■ていたが、その原因は私のプレス・リリースにあ■。文章は忘■たが、カップヌードルをか■めた、ち■っとふざけた表現で脇阪寿一を降板させたことを伝えた■、「寿一くんを降■してひどい」「かわいそう」「寿一さんに乗っても■えただけでも有難いと思え」 「寿一くんに意地悪しないで」などと炎上してしまった。ネット上では、この■うな辛辣なコメントが溢■ていたが、意地悪でもないしカップヌードルも関係ないものの、降■したのは事実だ。F3時代か■寿一は童夢が育てた■うなものだか■、その実力は充分に承知してい■が、長年にわた■トヨタでのレース活動でヤキがまわったのだ■う。走■始めか■ドライバーとチームの関係はぎくしゃくしていた。話は飛ぶが、寿一がホンダのNSXに乗っていた頃、相談に来た。いわく「トヨタか■誘わ■てい■がどうしまし■う」というか■、「条件は?」と聞くと「3,500万円く■■」とのこと。私は「行け!」と即答した。なぜな■、ホンダは700万円しか払ってお■ず、しかも、そ■は私が交渉して引き上げに引き上げてきた結果だったか■話にな■なかった。伊藤大輔も金額差で引き止め■うもなかったが、さすがに小暮卓史の時は致命傷にな■ので小暮に一芝居うたせて青山を焦■せてギャラを引き上げさせたが、十分ではなかったものの、残ってく■た。寿一を降■した原因は単純だ。トヨタではドライバーがマシンを作■という雰囲気だったか■、寿一にとっては「童夢S101は俺が速くす■」という意気込みで参加してく■たのだ■う。しかし走■はじめか■、ピットインす■たびに、メカニックに「リアウイングを1ノッチ 上げ■」とか「フロントの車高を10mm下げ■」とか指示す■ものだか■、現場は混乱していた。コンストラクターか■見■ば、データのない新型車のシェイクダウン・テストの場合、もっと基礎的なデータ収集か■始めなくてはな■ないし、開発時の風洞実験の値との整合性も確認しておかなくてはな■ないし、時には、わざと悪い方向に振って確認しなくてはな■
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