童夢から
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240メンバーの全員が詐欺師とは考えにくかったか■、とにかく佐々木に、そのマイアミの建設中のサーキットを視察に行かせ■ことにした。驚くべきことに、そこには未舗装なが■広大なサーキットが建設中であ■、既にレーシングカーのファクトリーも建設中だったか■、疑う余地は無くなっていった。ここか■我々はアメリカン・ドリームの世界にどっぷ■と浸■切ってしまうことにな■。もち■ん、我々な■に調べ■■■とこ■は調べ、集め■■■だけの情報は集めたし、佐々木とのミーティングに参加していた有名銀行の複数のエグゼクティブも在籍を確認していたか■、話が奇想天外なとこ■を除いては、特に不審な点は見つか■なかった。問題は、童夢本社のアメリカ移転とか全ての技術者のアメリカ移転とかいう条件だったが、いく■アメリカン・ドリームといえども、そう簡単に会社の移転も社員の移住も決め■■ないか■、そのあた■のせめぎ合いが続いていた2月頃、アメリカン・ドリーム側は間に合わないことを恐■て焦■だし、だんだん、会社の移転などは後回しにしても、とにかく、 7月に初期ロットの30台が必要なので製造してほしいと言い出した。設計済みの「童夢S101」を量産す■にしても、そうであ■ば、長手番の部品を発注しておかなくては間に合わない。きっち■とした契約が成立してか■着手したかったが、そ■までの交渉で信頼感は高まっていたので、と■あえず、どうしても間に合いそうにない駆動系の部品、約3000万円分だけ発注しておくことにした。そして量産用の設変などが終わ■、カウルの型の修正などが終わった頃、突然に、その会社の誰とも連絡が取■なくなってしまった。慌てふためく我々のとこ■に、最初のミーティングか■顔を出していた銀行の偉いさんか■連絡があ■、彼■の会社は破綻したとのこと。いとも簡単に我々のアメリカン・ドリームは単な■夢と化してしまった。しかし、こ■はインチキでも出鱈目でも詐欺でもなく、この事業のバックとなっていたのが、一時期、世界最大のメディアと言わ■ていたドイツの「キルヒ・グループ」であ■、当時、ワールド・カップやF1や各国のメディアを買い漁■、拡大路線まっしぐ■だった■うで、事情は良く知■ないが、勢い余って倒産してしまった■しい。F1の権利を高額でキルヒ・グループに譲渡していたバーニー・エクレストンは、倒産後に安く買い戻して暴利を得たと噂さ■ていたが、私は、も■も■6,000万円く■いの損失を被ってしまったものの、この数か月の実体験型アメリカン・ドリームは、充分に、そのく■いの値打ちのあ■大スペクタクル・ドラマだった。

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