童夢から
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22東大阪設計室 無理矢理にやってきた押しかけ女房の■うに、手荷物だけの「童夢」の事務所は、ワンルーム・マンションほどに狭いのに、そ■でもが■んとしていた。 まあ、早い話、不法占拠の弱みに付け込んで越境部分の建物の2階の1室をタダで借■た■うなものだが、当面の作業スペースは確保できたものの、到底、ここか■夢のスポーツカーが生ま■■とは思えないほど、ま■でバラックの■うな何ともみすぼ■しい童夢の本拠地が出来上がった。「由良 拓也」の離脱そんな、京都か■東大阪への移転が決まった直後、由良拓也が離脱す■ことになった。 そ■までに拓也はいくつかのデザインを進めていたし、そのうちの1つはスケールモデル が完成していたが、そ■は、当時24歳の若造のデザインとは思えないほど完成度が高く、良く言えばノーブルとかエレガントともいえ■如才のないスタイリングであったものの、いかにもインパクトに欠けていた。私が求めていたのは、もっとエキセントリックな造形だったし革新的な機能美だったか■、「前か後■か解■ない■うなデザインをし■!」とか「自動車に見えないデザインをし■!」とか無理難題をぶつけ続けていたが、いつの間にか、拓也と私の間に微妙なギャップが生じていた■うだ。当時の状況を思い出して分析す■ば、拓也にしてみ■ば「いく■頑張っても、どうせ林さんは自分のデザインしか認めないんだ」と思っていただ■うし、私は、「デザイナーなん

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