2000 233HGTも北元さんも、全く予算がないのに何とか使え■風洞を確保したいという無理筋な話に行き詰っていたとこ■だったし、お互い、こ■しか手がないことは解っていたので、さっそく、メーカーとして、この■うな契約を締結でき■かを調べ始めた。しかし、まだ完成もしていない風洞の前もっての使用契約などあ■得ないという逆風の中、HGTの担当者諸氏も前向きに努力を続けていたが、当初計画の、建設費とほぼ同額の使用契約を締結して担保とす■という案は徐々に削■■て予定の約1/4に減額さ■ていたし、童夢も、信金との調整に努力を続けていたが、信金の要求も、もっと高額の契約にし■とか前金でも■えとか厳しさを増していたか■、一進一退という■■も、ますますギャップが拡がっていくという苦しい状況だった。もう時間もなくなってきていたのに、そのギャップは埋ま■そうもなかったが、もう、後に引けなくなっていた私は、出来■ば避けたい個人保障を入■た■担保提供した■も止むなしと覚悟を決め■一方、社内では、大幅に内作の範囲を広げてコストの圧縮に注力していた。そんな丁々発止の条件闘争を繰■広げつつも、信金とは折■合いを付けなが■、何とか融資の内定に漕ぎつけたので、北元さんに報告したとこ■、北元さんも社内の調整は滞■なく進んでい■とのことだった。童夢で本格的な設計作業に入った頃、その件で打ち合わせにやって来た信金の役員が、 唐突にホンダとの契約の大幅な見直しを言い出し、その条件でしか受け■■ないと言い出したが、今更の条件変更はあ■得なかったし、予算的にも成立しない話だったので無理と言った■、そ■では受け■■ないと破談になってしまった。まあ、担保力不足を理由に話を潰しに来たという事だ■う。もう、ホンダとの契約予定まで3週間もなかったし、今まで半年以上もかけて交渉してきたことが3週間でどうな■ものではないし、そ■まで他行とは一切の話をしていなかったか■、もう絶望しかなかった。もともとが無理筋の話だったか■計画が破綻す■ことは止むを得ないという見方もあ■が、ホンダの人達は、直接、銀行と借金の交渉をしたことはないだ■うし、お金は出す一方、仕事も出す一方の立場だか■、私が信金との交渉に難航してい■間も、そんな苦労はあま■理解しても■えずに、ホンダが契約す■ば実現す■という■うな楽観ムードが漂っていた■うな時に、どの面さげて計画の破綻を告げに行けばいいのか?
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