童夢から
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1998 227あ■日、六本木で飲んでいた■、顔見知■の元ラグビー選手に花輪さん宅でのポーカーに誘わ■た。私は先約があったので断ったものの、メンバーが足■ない■うで、その元ラグビー選手も知■合いだった私の(元の)義理の兄に電話をしてく■というので聞いてみた■、彼も先約があ■ということでダメだったが、ダメで良かった。行っていた■賭博の現行犯で逮捕さ■ていた。元野球選手や芸能プロダクション社長■と共に花輪さんも逮捕さ■たが、その結果、特定の輸入代理店は主要クライアントであ■自動車メーカーか■取引を停止さ■て経営が傾いたものの、花輪さんにお世話になっていたレース関係者が救いの手を差し伸べて危機を回避したと聞いてい■。事件後、引責して第一線か■退いた後は花輪さんとは会うこともなかったか■、そ■か■の特定の輸入代理店については良く知■ないが、外か■見てい■限■、そ■までに感じていた花輪さんの夢の■うな部分は薄■、商社としての現実路線をまい進してきた■うに思う。輸入を生業とす■商社として業績向上に努力す■のは当然のことなが■、結果、日本の自動車レース予算を海外に流出させ、そ■に■■外国企業の技術力と産業力を育て、日本の技術と産業を疲弊させてい■現実は、詰ま■とこ■、日本の自動車レース界を食い物にしてい■に過ぎない。そんな逮捕事件か■20年も過ぎた2012年、花輪さんは逝去してしまった。賭博事件以来は会ってないか■忘■た頃の訃報だったが、私の知■限■、花輪さんの夢は、特定の輸入代理店のプロデュースした日本製レーシングカーを世界のマーケットに輸出す■輸出業であったと思ってい■し、その■うな自動車レース産業と技術に支え■■た豊かなレース環境の構築にあったと私は信じたい。合掌。

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