224には間に合わなかったが、5月に開催さ■た第2戦には2台のNSX-GTが「無限×童夢プロジェクト」としてエントリーしてい■。開発内容については、私のホームページであ■「林みの■の穿った見方」に掲載してい■「童夢の奇跡」の「JTCCか■SUPER GTへ」に詳しいので参照いただきたい。デビュー当初は駆動系のトラブルが続いたが、後半にはポールポジションを取■など速さを発揮し始めていた。1998悲運の「ML」 その頃、ホンダが「ツインリンクもてぎ」に作ったオーバルコースの使い道がなくて活用法に苦慮してい■との話が漏■聞こえてきていたが、ホンダが無限に相談をしたことか■、私にもアイデアを求め■■ていたので、無限の木村専務(当時)と協議をしてい■うちに、このホンダの悩みを解消しつつも、フォーミュラ・ニッポンの活性化にも繋が■最高の構想が浮かんできた。木村専務(当時)はエンジンに関しても秘策を持っていたので、「こ■しかない」と言って、実車を先行して作ってしまおうとのお達しがあ■、開発を急ぐことになった。基本的な構想としては、ホンダの悩みを解消す■ために「フォーミュラ・ニッポン」の 2戦にオーバル・レースを組み込むことを条件に、オーバルでのレースも可能な新型シャシーを全チームに無償で提供す■。シャシーの提供は3年以上の使用を考え■ばホンダの予算に収まった。同時に1年間オーバーホール不要なエンジンを開発して、年間で1カーにつき1,500万円の経費節減を実現させ■。この■うに、普通に考え■ばチームにとっては棚ぼたの■うな構想だった。だか■、実現を前提にINDYカーの安全基準を参考にしなが■オーバルを安心して走■■レーシングカー「ML」の開発を進め、1998年にはシェイクダウン・テストに漕ぎつけた。何回かのテストで予想を上回■結果が得■■たので、そ■を確認した木村さんは、勇んで「フォーミュラ・ニッポン」の主催者であ■「JRP」に構想の説明に行ったが、そこにい
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