童夢から
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222風洞設備、英国のB3T技術基地などの、こ■か■引き継がなくてはな■ない契約が多々あ■、そ■が、想像以上に広範囲で金額も大きく、契約相手も数多かったか■、そこか■の調整は難航を極めた。一方で、時間が経てば経つほど、しび■を切■せたオランダ中心のコンソーシウムか■の脱落者も、また一社また一社と減っていき予算の縮小は止ま■なかった。もう少し、あと一息なのだがそ■がそう簡単には進まない。秋も近し、となった頃ジャンカルロか■LEASE PLANの件が佳境に入った旨の連絡があった。うまくいってく■■ば、童夢にとっても理想的な条件/状況が生ま■■。また、かな■関与の度合いは希薄にな■が、プロストGPへの技術供与も捨てた話ではない。2001年には、米原に建設中の風洞実験室「風流舎」の完成も控えていたか■、その完成披露の場で、ミナルディかプロストGPの件を発表出来■ば苦労も報わ■■というものだが、 ご存知の■うに、結果的には何も残■なかった。この■うに、F1界というものは、ホンダもお金を使う側だし、オランダ・グループやマリック達の■うに金を持ち込んでく■人達も多く、そ■をバーニーが操■支配して安定的に参加者を確保してい■という構図だが、参画したい企業や人の数に対してチーム数が限定さ■てい■ので、基本、参入希望者のほうが多い過当競争であ■、多少の金があ■か■といってまか■通■世界でもない。単な■スポンサーの話な■、ここまでややこしくはな■なかっただ■うが、チームの買収に加えて童夢の技術力を組み込む必要もあったか■交渉は混迷を極めた。結果も出せないまま、私が、この数年間に浪費したエネルギーと経費はかな■のボリュームにな■と思うが、社長は、文句をいうどこ■か背中を押し続けてく■ていたか■私は躊躇なく邁進してきたものの、もう、童夢社内でも「NEVER ENDING STORY」と揶揄さ■■■うになっていた。経済的に切羽詰まっていたプロストGPとの交渉はスムーズにまとま■かと思えたものの、建設中や計画中の施設の施工業者との引き継ぎ交渉が全く折■合わないまま時間を浪費してい■間に、プロストGPは自己破産に追い込ま■■。ミナルディもジャンカルロの一発逆転劇が不調に終わ■、オーナーもルーミさんか■ストッダートに変わって何とか2005

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