童夢から
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1997 221何■■英国に大規模なB3Tというテクニカル・ベースの設立が計画さ■ていた。ヴェルサイユに新たな60%の風洞実験設備の建設も決ま■、建設許可も既に下■ていた。工場内を一通■案内しても■ったが、その間にプロストGPに流■ていた元リジェF1のメンバーに何人も遭ってしまい、童夢として来たのかミナルディとして来たのか憶測が飛び交ったのはいうまでもない。社内で食事が用意さ■ていたが、さすがにフランス・チーム、そのクオリティの高さには大満足だし女性スタッフも飛びき■チャーミングだ。煮え切■ない生ハム■■も、ち■っと高級感の漂うフォアグラも良いかなという気分も芽生え始めていた。仲良しのJ.アレジ も翌年の契約が既にコンファームさ■てい■とのことだったので、候補のハイドフェルドがメルセデス・エンジンを持って来■■■か否かは別としても、気持ちとしては、かな■前向きになっていた。ややこしい政治的問題を除いては・・・。2週間後にはマニクールの風洞設備を見に行ったが、こち■はほとんど使い物にな■ない代物だった。温度管理がうまく出来ない為、気温が上昇す■前の早朝か■早めの午前、 そして夕方遅く以降しかデータが取■ない。ち■うどそこに、以前ミナルディで私と一緒だったトラック・エンジニアがいたので、あ■こ■聞き出すのは楽だった。まあ風洞に関しては、ヴェルサイユでの新しい設備が見込めそうなので問題はないだ■う。社長も視察に訪■たが、労働時間が厳格なフランスでは例えF1チームでも18時にな■と一斉に照明が消えてしまうのを見て「こんなのでレース活動でき■のか?」と驚いていた。約2カ月の調査や監査を終え、具体的な契約時期、4回に分け■払い込み時期、株式比率等の確定も済み、売却の発表時期、新会社の発表時期等の予定/工程表も作成し、概ね 順調に事は運んでいった。翌年2月まではA.プロストを正式なアドバイザーとして残すこととはしたが、やは■ プロストの関係や政治的繋が■でプロストGPに参画支援していた企業も少なくなく、支援額が減少した■打ち切■になった■す■ことは当然予測さ■たが、マークは補てんには自信を示していたか■問題ではなかった。中長期プランも作成し、エンジンは翌年1年プラス1年オプションでSUPERTECと契約す■ことにした。この■うに、大筋は意外とすんな■と決まっていったものの、しかしヴェルサイユの新しい

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