220何か釈然としない雰囲気に、やや嫌気がさしてきた頃、突然、ジャンカルロか■連絡が来た。会議にも出ず無関係を装う場面す■あったのにはわけがあった。一発大逆転劇を狙っていたのだ。立山を呷りながら活モロコを七輪で炙る夜ジャンカルロも、あ■日本人が■みの一件で引っ掛か■チームを手放すまでは、自分の意のままに事を進めて来た男。その後、スクーデリア・イタリアのルッキーニ氏、ヨーロピアン・アヴィエーションのストッダード、フォンドメタルのルーミさんとパートナー・シップを組んでは来たが、今回の交渉でも「俺には決定権ないし・・・」、「俺はオーナーではないし・・・」等といじけてい■場面も多々あった。だか■今回の話がまとまったとこ■で、自分の立場が何変わ■わけではないという気持ちが強かったのは確かだし、故に交渉の席か■も遠ざかっていた。私自身、元ミナルディでジャンカルロとの仲は周知のとこ■なので、ルーミさんに変な勘繰■を入■■■た■嫉妬さ■た■しない■うに、少し間を置いた立ち位置でいたのも事実だ。しかしイジケテ終わ■男ではない。LEASE PLAN社の支援を得てジャンカルロがチームを取■戻す計画が進め■■ていた。Telefonica社とのタイアップが完全に実現不可能にな■直前まで、私にもLEASE PLAN社との件は話がなかった。密かに一発逆転を狙っていたのだ。いっこうに打開策が見いだせないルーミさんとの交渉に疲弊してい■状況下、ロンドンに戻って空港か■車で移動してい■とこ■へマークか■電話が有■、今度はプロストGPと交渉す■■うにバーニーか■連絡が有ったとのことで、すぐにフランスへ行ってほしいという。メルセデス・エンジン入手の可能性も有■とのことだったか■、さっそく、先方に連絡を入■て話に行くことにした。この頃には、もう童夢でもFIAスポーツカー・プロジェクトやル・マン参戦計画が始まっていて、とにかく毎日、ギアボックス・メーカー、エンジン・サプライヤー、電装メーカー等などを目まぐ■しく廻っていたので、時間を見つけ■のも大変だったが行かないわけにもいかず、テストとレースの合間を縫って、5月だったか、プロストGPを訪問した。ヴェルサイユの基地は、規模は小さいほうだったが別にマニクールに風洞施設が有■、
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